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2009年2月27日 (金)

翻訳者と速読

たまには仕事(翻訳)に関係するエントリーも書こう。

目下仕事に関連する事柄として気になっているのが「速読」。

翻訳者にとって「速読」が必要ないし便利な理由は、翻訳という作業では原文と訳文の双方を合計すると、最低でも5~6回「読む」作業を行わなければならないからである。

例えばビジネス系ドキュメントであれば下読みせずにいきなり原文を読み、翻訳を開始することがある。音楽用語になぞらえれば“初見翻訳”である。

その初見翻訳でも、[原文のセンテンスを読む]→[訳文を書く]→[原文のセンテンスを読む]→[訳文を書く]→…という作業を続け、訳し終えたときには原文も訳文も少なくとも1回ずつ読んだことになる(“書く”という作業では必然的に“読む”ことも行っている)。

翻訳が終るとその内容を確認するため、今度は原文と訳文をつき合わせながら読んで行く。次に訳文だけを読み、(英日訳の場合であれば)日本語として成立するかどうかを確認する。文章の内容(難易度)や長さなどによっては、これで翻訳作業を終了することもある。それでも原文を2回、訳文を3回は読んでいることになる(また、内容以外にもフォントの種類やサイズ、インデントの位置、行間スペースといった“編集・デザイン”の観点から訳文を見ることもある)。

無論、文章によっては原文と訳文のつき合わせを繰り返したり、訳文だけの推敲を何度も行うことがある。多い時には20回ぐらい読む場合もある。そんな時に「速読ができたらなぁ」と思うわけである。

速読ができたらどれほど便利か―今、訳し上がり2万文字の文書があったとする(おそらく翻訳作業そのものには2日間は要しているはずだ)。これを、原文と訳文を照合しながらチェックするのには4~5時間かかる。また、原文/訳文の照合だけでは全体の流れがつかめず、とんでもない誤訳をすることがあるので、訳文だけを読むチェックが重要となる。私の場合は、少なくともこれを2度行う。1回に25~30分かかるので、2回では25~30×1.7(慣れによる促進効果で2度目は1度目の70%ぐらいの時間で読める場合が多い)となり、40~50分は必要となる。

また、読む文章の量が多くなると慣れによる促進効果が疲れによる速度の低下によって相殺されることもあり、なかなか効率的に読むことが難しくなる。

これでお分かりいただけただろう。もし速読ができれば―速読法の宣伝文句通りに1分間に2000~3000字を読むことができれば―上記の訳文だけのチェックという作業はわずか7~10分で済むことになる。

また速読が日本語のみならず、英語にまで及ぶのであれば、翻訳という作業の生産性は飛躍的に高まるはずである。

世の中には本を読むのが異常に速い人がいる。新書なら30分、厚手の単行本でも2時間ぐらいで読み終えてしまう。そうした人たちは特に苦労して速読の能力を身につけたのではないようで、多くが自分の読む速度が他人に比して速いということに当初気付いていなかったりする。

なので彼らに“速読の方法”を尋ねても無駄である。もともと走るのが速い人間に「どうしたら速く走れるのか」と質問しても満足な答えは得られないだろうし、尋かれた方も困るだけである。

では読むことに関して“鈍足”の人間はどうしたらよいか。トレーニングである。つまり速読を学習によって身に付けるということになる。それが世に数多ある“速読術・速読法”である。ところが、その速読術・速読法のどれがよいかとなると、これがさっぱり分からない。当然ながらそれぞれに“理論的根拠”があり、また体験談などを読むと向き不向きや、予算の問題、目標能力(1分間の読書能力)なども異なり、選択しようとすると大いに困ることになるのである。

私も自己流で「一度に2行を読む方法」(確か芥川龍之介のエッセイに出てきた方法)、「ページを袈裟懸け風に斜めに読む方法」(米国のケネディ大統領が実践した方法)、ある速読法の本(敢えて書名は伏す)を試してはみたが、結局どれもうまく行かなかった。特に、最後の「ある速読法の本」は確かに読むスピードは速くなったが、内容が理解できず、上っ面だけを猛スピードで走り抜けるような感じがして、結局重要と思われる箇所は読み返すことになったり、重要部分の理解を欠いたりといった結果になった。

また、速読法の本や説明資料を読んでいて引っかかるのが、多くの速読法で「丹田呼吸法」なるものを推奨していること。読書に「集中」が必要なのは分かる。だがそれはあくまで「集中」であって、「精神統一」とは違う。だが「丹田呼吸法」の説明を読んでいると、求められているのが「精神統一」レベルとも言えるかなり高度な集中であるようなのだ。また、部屋の照明の調整や耳栓の用意なども条件としているものがある。さらには、速読法だけでなく、瞑想や健康増進、果ては「方位」にまで発展して行くものもあったりで、そうなってくると疑り深い性質(たち)の私はとてもではないが、トレーニングに集中などできなくなる。

もう一つ、「速読法、信用ならねえ」と思うのはその宣伝にも理由がある。先月も新聞に速読法の広告が大々的に掲載されたが、そこには体験者の談話として、「1分間に60000字読めるようになった」とあった。「1分間で6000字」ではない。「6万字」である。通常、ワープロで文書を作成する場合、A4用紙1枚の文字数はおおむね1000字前後になる。6万字ならA4で60枚、それを1分間で読むとなると、1秒間で1枚を読むことになる。見るだけでももっと時間がかかるだろう。また、たとえ“読めた”としても、内容まで理解できるとは思えない。

たとえばこのエントリーは約3000字で構成されている。上記の「1分間6万字」の速読力を持つ人であれば、3秒でこれだけの文章を読み終えてしまうことになるが、では内容をどれだけ理解できるのだろう。「写真」のように文章を記憶するということであれば、それは不可能ではないだろう。私も多少、そうした画像を記憶する能力があるので、その点は理解できる。が、“記憶”と“理解”はまったく別のものである。記憶したことが即ち理解したことにはならない。

またそれが可能であったとしても、私の場合、そこまでの能力は必要ない。どんな能力でもそうだが、あるレベル以上を維持するには不断の努力が絶対に欠かせない。1分間数万字の能力を維持するために、日々どの程度のトレーニングをすればよいかは知らないが、決して短い時間ではないはずだ。

そのトレーニングに費やす時間が惜しい。そうなら、もっと短い時間で維持できる程度の速読力でよい。たとえば、維持に1日5分か10分で済むなら1分間1500~2000字程度の能力で充分だ。

繰り返しになるが、私が身に付けたいのは“文字を見る”能力ではない。素早く読み且つ理解する能力だ。果たしてそんな方法があるのだろうか。実は今ある速読法に注目している。まだ試していないので何とも言えないが、とりあえずの目標は1分間1000字。もし効果があったらここで報告しようと思う。

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コメント

> 新書なら30分、厚手の単行本でも2時間ぐらい

ウチの家内がその手のニュータイプです ^^;

フォトリーディングとか、速読のノウハウはいろいろとあるみたいですが、たしかに "怪しげ" な宣伝も少なくありませんね。
小説とか実用書とかを自分の趣味や必要で読むのなら速読でいいんですが、翻訳のときはスピードより「誤字脱字を確実に見つける読み方」をむしろ知りたいと思っています。

投稿: baldhatter | 2009年2月28日 (土) 13時18分

>ウチの家内がその手のニュータイプです

そんな身近に速読能力をお持ちの方がいるとは。でも、「ニュータイプ」って?

>誤字脱字を確実に見つける読み方

私の場合は、翻訳作業終了から少し時間をおいて(できれば一晩ぐらいは間をあけて)から、「精読」します。実は、他人が書いた文章に関しては昔からミスを発見するのは比較的得意な方でした。翻訳を始めた時、それを自分の文章にも応用できないかと考え、この方法を考えついた次第です。上の文も、今日読み返して、本来「書名」とするべきところが「署名」になっていたのを発見。先ほど修正しました^^;

投稿: Jack | 2009年2月28日 (土) 23時00分

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