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2011年6月12日 (日)

Shogiブレイクムーブ01 【92】

92.

書かれている変化は非常に難しいというものではなかった。この程度の変化なら事前に読み切ってしまい回避することができるので、通常では逆転など考えられないが……。米原の沈黙の意味を理解したのだろう有川が口を開いた。

「そこに書かれてるのは膨大な数に上る変化手順の中でも最も分かりやすいやつだよ。一般読者を相手の雑誌ということから、あんまり突っ込んだ指し手の解説をしても意味ないからね。なので大山先生は一番簡単な変化だけを取り上げて、一応の結論としたってわけだ」
「しかしなんでそんなことを……」
「あの先生の負けず嫌いは、ヨネさんも知ってるだろ」
「ええ」
「そこに、『席上対局で持ち時間が少なかったので読み切ることができなかった。だからこの変化を選ばなかった』ってな意味のことが書いてあるだろ」
「確かに……」
「実に大山先生らしいじゃないか。対局では負けたけど、あの将棋、本当は自分の勝ちだったって雑誌に掲載してるんだから」
「いや、私に言わせてもらえば時間の短い席上対局でこの変化に気づいたら、あの先生だったら絶対に指したと思うんですが」
「どういうこと?」
「『この大山に読み切れん変化を、あんた読み切れるか』っていう対戦相手へのプレッシャーですよ」
「そうだね、そこに至るまでの変化を含めれば、プロ八段でも数時間では全部を読み切れんだろう―そんな紛れの多い指し手を大名人に指されたら、ほとんどの相手はそれだけで負けた気分になっただろうね」
「でも指さなかったんですよね。それは、後になってから自分の勝ち筋に気づいたからじゃないですかね」
「いや、あん時に大山先生は気づいてたんだよ。ただし読み切ることはできなかったんだ」
「じゃ、なぜ指さなかったんですか」
「おいおい、仮にも俺は大山先生の弟子だぜ」

なるほどそういうことか―米原自身はあまり師弟関係ということに重きを置いておらず、実際師匠から特段の配慮や厚意といったものを受けたこともなかったので考えもしなかったが、確かに師匠が席上対局で弟子に花を持たせる程度のことはあり得ることだ。

「その雑誌を読んでて思い出したんだけど、大山先生が考えた中で最も難しい変化というのがあるんだ。確か最終的には50数手に及ぶんだけど、途中の紛れも多く、手順のわずかな違いで形勢がひっくり返るようなきわどい局面も少なくないんだ」

そのことは雑誌記事には『ほかにかなり複雑で長手数の変化が何通りかあるが、結局先手の勝ちは動かない』とだけ書かれていた。

「大山先生がそう言ったんですか」
「あの席上対局の後、半月ぐらいした時に別の棋戦で先生が立会人で私が観戦記担当か何かで同じ宿に泊まったことがあってね、そん時に実際に並べてもらったんだ」そこで有川の声が変わった。「なあヨネさん、万一、あの庄村って子がこの将棋のことを知っていたとしても、大山先生でさえ確認に数日を要した膨大な変化を読み切れるもんだろうか」
「有川先生の話を聞いた限りでは、今の持ち時間では難しいでしょう」
「そうだよな」
「だけど、彼がこの将棋の棋譜を知っていたとしたら、それはこの雑誌記事が情報源ということになるでしょう」
「まあそうなるだろうな」
「だとすると、この『ほかにかなり複雑で長手数の変化が何通りかある』っていう部分も読んだろうし、事前に調べていた可能性もあります」
「だけどそこまで努力したって、久保田君が誘いに乗ってくるとは限らんだろ」
「実は前から感じてたことなんですが、久保田君って自分より若い相手に古い形の将棋を挑まれると結構むきになるところがあるんですよ。彼の対局を全部知ってるわけじゃないんで断言はできないんですが、思い出せる範囲でも、2、3そうした例がありましたからね」
「むきっていうのは?」
「相手の誘いに乗っていくってことです」
「そんなこと……」
「ええ、簡単に分かることじゃありませんよね。だけど向こうには、あ、CASSAのことです、あっちには全将連をも上回る膨大なデータベースがあるようなんです。それと、ハルと呼ばれている、あの彼ですよ。彼なら、データを分析して、そうした久保田君の性格を見抜くこともできるんじゃないかって気がするんです」
「恐ろしい話だね。まるで軍隊の話みたいじゃないか」
「彼らが、CASSAが情報分析に軍の手法を取り入れていることは間違いないですよ」

確信まではいかないが、健志はどうやら先手に勝ち筋があるのではないかというところまでこぎ着けていた。まだあと2つ、3つ解明できていない変化がある。だがその変化手順を調べ尽くそうとしたら1日では無理で、数日かかる可能性もある。とても今の対局中に結論は出せない。健志はふと、ハルに連絡を取って彼の意見を聞いてみようかと思った。この全将連の対抗戦が決まってからは一、二度連絡があっただけで、顔を合わせたことさえない。今もハルがどこにいるのかは分からなかった。ただ電子メールを送れば即座に返事が返ってくるような気がした。

時計を見ると、盤と駒を使って検討を始めてから30分以上が経過していた。PCの前に戻るとメールソフトを立ち上げてから、指し手の進行を確かめるために中継サイトの画面を開いた。まさにその時だった。指し手を示すウィンドウに赤い文字が表示され、点滅を始めた。

文字は「先手反則負け」と告げていた。

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