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2011年7月 4日 (月)

Shogiブレイクムーブ01 【94】

94.

米原とナツキの話し合いは行き詰っていた。双方3人ずつの代表による対抗戦という形で開始されたITTカップ将棋対抗戦である。一方の選手が1人少なくなったのでは、その大前提が崩れてしまうわけで、根本からの見直しが必要になる。その場合、最も重要な点はスポンサーとファンにどう納得してもらうかだが、そのための妙案が見つからず、話は停滞していた。

《何度も聞くようだけど、庄村君の代わりになる者はいないのかね?》
《申し訳ありません》
《それじゃ、こっちは3人、CASSAは2人のままで進めて行くしかないんじゃないかな》
《こちらとしては反対できる立場ではありませんが、ただそれだとファンが納得するだろうかという心配があります。一方が3敗のハンディキャップを負っていては、対抗戦の意味はなくなってしまうと見られるんじゃないでしょうか》
《確かに、対抗戦としての面白みはなくなってしまうだろうね》

厄介な事態になったなと米原は何度目かのため息をついた。話を続けている内に米原の中に、対局中に倒れるような者を代表に選んだCASSAやその背後にあるMH財団に対する怒りが生じてきていた。だが今そのことで相手を責めたところで事態が好転するわけでもない。

《話を整理しよう。CASSAには代役が務まる人材がない。つまり2人しか代表を出せない。よって大会規定にあるように、『全将連の対局規定を準用する』のであれば、庄村君は3敗となり、CASSAはスタートから大きなハンデを背負うことになる。それではたしてスポンサーやファンの了解が得られるかどうか。得られれば良し。得られないとなれば、3人対2人の対抗戦をどう合理的な形式にまとめられるか、ということになるわけだ》

米原はそう言いながら、そんなことはナツキから電話を受けた直後に分かっていたことじゃないかと自分の言葉の空疎さに嫌気を感じ、そんな分かり切ったことを殊更口にして、結論を先送りにしている自分に舌打ちをした。

ドアに大きなノックがあった。

《ちょっと待ってくれるかな》そう電話口に向かって言うと、大きな声で「どうぞ」と応えた。

ドアを開けて入ってきたのは小野寺だった。この小心者があんなに強くドアを叩くなんてなにごとだ?

「お取り込み中すみません。実は有川先生から電話がありまして……」
「有川さんが?」
「はい。で、会長とお話がしたいということだったんですが、今は電話を取り次ぐなという指示を受けているとお断りしましたら、会長は今起こってることをご存知ないんじゃないかって、まずはそのことを確認してこいと……」
「そんなことは分かってるよ」苛立ちと怒りから米原の声は自然と大きくなっていた。「それで今こうして善後策を協議してるんじゃないか」
「は、申し訳ありませんでした」小野寺はそう言うと、「おじゃまいたしました」とすごすごとドアを閉めて行った。

その小野寺は事務所に戻り、電話口で待っていた有川に米原の言葉を伝えた途端、今度は有川に怒鳴りつけられることになった。

《バカやろう! あの米原が今の状況を知ってたら、協議なんて暢気なこと言うわけないだろ。直ぐにこの電話を会長室につなげ!》

「責任は私が持ちます。直ぐにプログラムを操作して、最後の局面に戻してください」口調は静かだが久保田は如何なる意見も聞き入れない断固とした態度を崩そうとしなかった。
「しかし、許可がないと……」中継の担当であり、技術面での責任者でもある松木は久保田の要請に簡単には応じなかった。
「誰の許可がいるって言うんですか」という久保田の問いに、「この場合は……」と、松木も即答できない。
「今日の公式対局は終わってます。相手の2手連続指しで私が勝ちました。それで記録上問題なしです。でも将棋としては完結した形をファンに見せることはできていない。今その将棋を引き継いで指してもいいという相手が現れ、こちらも了承した。間違いなくファンもそれを見たいと望んでいる。誰かの許可が必要とかいう問題じゃないでしょ」

松木はじっと久保田の顔を見返して応えた。

「分かりました。ただし何が起きても久保田先生の責任ということでお願いします」
「結構です」
「では対局室のパソコンにお戻りください。準備は5分もあればできますから」

松木はそう応えると即座にコンピューターの操作を開始した。

「久保田君」部屋を出て行こうとする久保田に声をかけたのは全将連側立会人を務めた棋士だった。「これはやっぱりまずいんじゃないか」
「なぜです。さっきも申しあげたようにこれは公式対局じゃありません。公開感想戦とでも言ったらいいかな。いわばエキシビションマッチ、一種のファンサービスですよ」
「と言いつつ、あのまま指し続けていたら負けていたと言われたのが腹にすえかねるからだろ」
「当然でしょ。どれくらい強いか知りませんがアマチュアに大勢の前でそう言われて黙っていたんじゃプロの名折れでしょ」

口調が穏やかな分、かえって久保田の怒りの深さが垣間見える発言だった。

「ま、その気持ち、分からないじゃないが……」
「でしたら、私の好きにさせてください。お願いいたします」深々と頭を下げて久保田は部屋を出て行った。

有川は開口一番に言った。

《ヨネさん、あんたパソコン見てるかい》
《なんのことです?》と言いながら米原は電話を置くと、パソコンの前に坐り、マウスを動かしてスクリーンセーバーを解除した。《これは……》

画面では対局が行われていた。あの「反則負け」の画面から数手或いは10手以上は進んでいるだろうか。

《あのハルっていう向こうの選手が、久保田君に挑戦してきたんだよ。あの局面で既に後手に勝ちはなかったってね》
《でも、なんで対局が再開されてるんです?》
《久保田君が、そんならあの局面から指し継ごうじゃないかって応じて、今こうやって二人で指してるところだよ》
《そんなバカな……。誰がそんなことを許可したんだ》米原はそこで黙り込むと、思考を整理しようと努めた。
《ヨネさん、このまま行くと久保田君、負けることになるよ》
《それは間違いありませんね》
《ああ、大山先生が見つけた最も難解な筋に進んだとしても、先手が間違えなければ後手に勝ちはない》

それだけ聞くと米原は手短に礼を言って有川との電話を切り、携帯電話でナツキに言った。

《ハルは今どこにいる?》
《現在の居所は分かりませんが》
《直ぐに探し出して、今やってることをやめさせろ!》
《ハルが何をやったって言うのでしょうか》
《パソコンを見ろ。見れば分かる》

それだけ言うと、米原は会長室を飛び出して行った。

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