« Shogiブレイクムーブ01 【94】 | トップページ | Shogiブレイクムーブ01 【96】 »

2011年7月11日 (月)

Shogiブレイクムーブ01 【95】

95.

対局室のドアはロックされていた。何度かノックしたものの中から反応はなかった。

「合鍵はないのか」

米原が後ろでうろたえているばかりの小野寺に尋ねたが、

「この部屋にはネット対局用の機材が入っているので安全のため特殊なロックに取り換えてますので、合鍵といったものはないんです」
「どういう意味だ?」
「そのドアノブの上にあるテンキーから6桁以上の数字を組み合わせて入力して暗証番号として設定するようになっているんです」
「その番号を君は知ってるのか」
「はい」
「だったら、さっさと開けろよ」叱責にも近い言葉に慌てた小野寺は米原を押しのけてドアの前に立つと急いで数字キーを押した。何度か繰り返した後、
「どうやら誰かが暗証番号を変えてしまったようで……」
「要するに開けられないのか?」
「申し訳ありません」

自分が興奮すればするほど小野寺は委縮するばかりで、事態の解決に結び付かないと判断した米原は、別の階にあるネット中継のための技術室に向かうことにした。その後を小野寺もついて行く。

途中、階段の踊場で米原は振り返ると、努めて穏やかな口調で言った。

「君は事務所に戻って、ファンからの問い合わせに対応しなさい。電話がひっきりなしにかかってきてるんだろ」
「はい」
「余分な混乱が起きないよう、職員を指導してあげなさい」
「あ、はい」

小野寺は数度お辞儀を繰り返すと1階を目指して階段を駆け下りて行った。

「あと5手だ」ハルと久保田の対局が始まってから健志はパソコンの横に将棋盤を置き、自分の読みと画面上の進行とを比較しながら見ていた。指し手が進んだ今、健志がハルに連絡して意見を聞こうかと思った局面へと近づきつつあった。

健志も突然始まった▲ハル-△久保田の将棋に、最初戸惑い、なぜそんなことになったのか訝しんだ。

久保田棋帝からの提案で、ハル選手が庄村選手の側を持って、先ほどの終了局面から指し継ぐことになった。ただしこれは公式対局ではなく、あくまでエキシビションマッチであり、久保田棋帝の言葉を借りるなら「代役によるオンライン感想戦」である。

その背後で、ネットに取り上げられた(多分に誇張された)自分の発言が一役買っていたとは健志に知る由もなかった。

ファンの反響はすごいものがあり、全将連事務局の電話はすべて鳴りっぱなしだという。その大半が「よくぞ、ハルの挑戦を受けた」と久保田棋帝の態度を賞賛する内容だとのことである。

ハルは読み切っている。それなのに自分には、この先の指し手が分からない。健志はパソコンの画面から目を将棋盤に向け、集中力を高めることに専念した。

「この対局を中止させる方法はないのかね」米原は、パソコンを操作している松木とその傍らにいる草野の二人に質問した。
「ないわけではありませんが、少々荒っぽい方法になります」リアルタイムでコメントを入力している松木は手を離せないため草野が答えた。
「荒っぽい方法とは?」
「強制終了です」
「どういうことだね」
「動いているパソコンの電源プラグを引き抜いてしまうというのがイメージ的には一番近いでしょうか」
「それは直ぐにできるのかね」
「はい、やろうと思えば」
「それじゃ、直ぐにやってくれ」
「でもいいんですか。このハル-久保田戦にファンは大喜びしてますよ。それを強制終了したら、ファンは二度も対局の途中までしか見れないことになります。後で問題になりませんかね」
「久保田さんも満々の自信ありって感じでしたからね。そう簡単には負けないでしょう」草野の言葉を引き継いで松木が言った。
「久保田君は分かっとらんのだよ。とにかく、直ぐに中止させてくれ」

米原の考えは変わらない。有川から聞かされた大山名人の指し手研究のことがあったからだ。米原自身、全部の手順を確認したわけではないが、あの大山さんが雑誌にまで書いたのだ。間違いはないはずだ。

断固とした米原の態度に草野は「はい」と言って立ち上がり、少し離れたところにあるパソコンの前に移動した。モニターを睨み付けるよう見ながら猛烈な勢いでキーを叩き始める。モニターは米原が見たこともない画面に変わり、そこに草野が打ち込む内容が表示されて行く。アルファベットと数字の組み合わせで、もとより米原にはまったく意味が分からない。

草野の手が止まる。「ん」と小さくつぶやくと再びキーボードを叩き始めた。だが今度も訝しげな表情で手が止まる。画面をじっと睨んでいたが、やがて、

「松木君、パスワード変えた?」
「いいえ」
「おかしいな」
「どうかしましたか」
「コマンドを受け付けないんだよ」
「管理者権限で入ってます?」
「もちろん」
「ちょっとこっちでやってみましょうか」
「うん」
「それじゃ、コメント欄の方をちょっとお願いします」

松木の言葉と同時に、草野のパソコンの画面が先ほどから松木が操作していた画面に切り替わり、直後に松木がキーボードを叩き始めた。今度は松木が、先ほど草野がやっていた操作を試しているようだと米原にも推測がついた。

「ダメですね。パスワードが変更されてるみたいです」
「だろう」
「だけど、パスワードを変えられるのは草野さんと俺以外にはいませんしね……。誰……」
「ハルだ」それは米原、草野、松木3人の口から同時に飛び出した答えだった。

米原がパスワードを変更したのはハルだと断定したのは直感だった。限られた範囲で使う程度のことはできるがコンピューターの中身についてはまったく分からないし、ましてや、今草野と松木が話題にしている管理者権限やパスワードがどんなものなのか見当すらつかない。だが、そんな自分にとっての絶対的未知の領域にあって、その専門家である草野や松木たちの裏をかくようなことができる人間はハルしか思い付かなかった。

技術的な対策について話し合っている二人の傍らで米原は技術的知識を持たない自分がその二人と同じ結論に至ったという事実から、ハルをどういう存在だと認識しているか次第に気付き始めていた。もともとがコンピューターと一体になって将棋を指すという、こちらの理解を超えた人間で、ある種の底知れぬ不気味さは感じていたし、コンピューターの力を利用するとはいえ、その強さが尋常でないことは分かっていた。今米原は自分には理解し得ない広さ、大きさ、奥深さを持つ人間を目の当たりにした怖れが体の底から湧きあがってくるのを感じていた。

【続く】
【前回:
ここをクリック
Copyright © 2009, 2010, 2011, Party in My Library
《これはフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係ありません。》

|

« Shogiブレイクムーブ01 【94】 | トップページ | Shogiブレイクムーブ01 【96】 »

【Fiction】」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/220529/52187836

この記事へのトラックバック一覧です: Shogiブレイクムーブ01 【95】:

« Shogiブレイクムーブ01 【94】 | トップページ | Shogiブレイクムーブ01 【96】 »