« Shogiブレイクムーブ01 【95】 | トップページ | Shogiブレイクムーブ01 【97】 »

2011年7月24日 (日)

Shogiブレイクムーブ01 【96】

96.

さすがのハルも慎重だな。

指し手はようやく2手進み、問題の局面までは残り3手となっていた。今、後手の玉将は自陣にあり、金と銀がその周囲をガードしている。先手は攻め方が難しく、ありきたりの手段では攻撃がとん挫する―いわゆる「切れた」状態になりかねない。

3手後の局面では攻めを続けるのか、それとも一旦自陣の守りの体制を整備するべきか、大きな方針の決定を求められる。健志は攻めを続けるべきだろうと考えているのだが、具体的な指し手を発見できないでいる。また後手の玉将にはやがて6筋から5筋、4筋へと中央突破によってこちらの右翼に脱出され、入玉―こちらの陣内にまで逃げ込まれてしまう可能性もある。そうなっては勝負にならない。なんとか、敵玉将が逃げ出す前にとらえたい。健志はパソコンから、脇に置いた将棋盤へと視線を移した。

その瞬間だった。それまで指し手を読むのに使っていた仮想将棋盤がある領野よりもはるかに深い脳の奥底で、ある手が閃いた。一見すると「とんでもない手」なのだが、真に優れた指し手に特有の“手応え”がその手にはあった。即座に頭の中の駒台から桂馬を取り、将棋盤の5五に打った。それでとりあえず4三と6三にある敵の駒に両取りがかかる。だが、それより1つ前の5四の升目には相手の歩が待ち構えている。つまり打った途端に取られてしまう桂馬なのだ。しかしその「取られてしまう」ことこそがこちらの狙いだった。後手は放置すれば4三か6三にある駒を取られるので当然5四の歩で桂馬を取らざるを得ない。その瞬間、自分の玉将が先手陣を目指して逃げ出す経路が自軍の駒でふさがれることになる。

健志は5五桂打ちという手の効果を確認し、慄然とした。ハルはこの手にいつ気付いたのか。ネット上で久保田棋帝や観戦者たちに向って「先手が勝っていた」と主張した時には既に気付いていたのだろうか。だとすると20手以上前に、相手の歩の前に桂馬を打って捨てるというきわめて気付きにくい手を読み切っていたことになる。

今の局面を目の前にすれば、トップクラスの棋士なら5五桂打ちという手に気付くことができるだろう。しかし、今より2手前の局面で気付ける者の数は間違いなく少なくなるだろうし、さらに5手前、10手前……と、局面を遡行していくほどにこの手を見つけられる人間の数は減少していくに違いない。20手以上前に気付ける人間なんているだろうか。ハルはそれをやってのけたことになる。

健志は再びパソコンの前に戻った。ほどなくハルが5五に桂馬を打った。

「勝った」

その後の変化を調べ尽くしたわけではないが健志はそう確信した。おそらく久保田もハルが考慮している間に気付き、その後の対抗手段を懸命に考えていたのだろう。あまり時間を措かず5五同歩と桂馬を取った。やはり放置することはできなかったのだ。玉将の逃げ道をふさぐことになるが、機を見て今桂馬を取った歩をさらに5六まで進められれば、また脱出路は確保できる―そう考えたのだろう。

だがその機会は訪れなかった。

直後にハルの猛攻が始まった。相手玉将の前に歩を続けて打って取らせる「連打」から始まり、それまで自軍の玉将を守っていた左翼の金や銀なども次々に戦線へと繰り出し、常に「詰めろ」(次に王手がかかる状態)や「二手すき」(次に詰めろがかかる状態)の状況を維持しながら後手の玉将を追い詰めて行く。しかも一手にかける時間がほぼ一定していて、確信を持って指していることがはっきりと分かる。

対する久保田は長考と小考を繰り返しながら、劣勢を覆す手を必死に探しねばったが、ついに力尽きた。ハルとの戦いが始まって50手あまり、久保田が投了した。

           *****

四分割されたパソコンの画面に映る4人に向って米原は重い口を開いた。

「昨日、久保田棋帝から代表を辞退するという申し入れがありました」

画面に映っているのはCASSAの広花ナツキ、対抗戦のスポンサーである東西のITTの代表者、それと東日新聞の将棋担当記者だった。

「説得してはみたのですが、『相手が挑発的な発言をしてきたとはいえ、分別を欠いた身勝手な行動を取った上に、将棋にも敗れるという醜態をさらした以上その責任を取る』ということで本人の意志は固く、やむなく了承しました」

4人は黙ったままだ。

「久保田君に関しては全将連として何らかのペナルティを科すつもりでして、現在理事会でその内容を検討中です」

その言葉に反応するようにナツキが発言した。

「CASSAでも、ハルに対しては厳重に注意し、今後対抗戦期間中はネットでの発言を一切禁止しました」
「で、その対抗戦、どうします?」と言ったのは東日新聞の記者だった。「CASSAの方には庄村君の代わりになる人材がいないし、全将連の方は久保田さんがこんなことになっちゃったわけで、今の段階じゃ双方2人ずつでしょ。どうにも盛り上がらないんですよね」

確かにその通りだ、と米原も出場棋士の数が減ることによって対抗戦への関心が落ち込むことを懸念していた。だからこうして急遽会議を開いたんじゃないか。米原は画面の中から、体を少し傾けただらしのない姿勢で時折こちらを見る記者の顔を睨みつけた。

「会長、この際残った4人の総当たり戦に変えるっていうのはどうですかね」記者が尋ねた。
「それはできません。お好み対局ならいざしらず、このような棋戦で名人と龍王を対戦させることは絶対にできません」断固とした口調に、東日新聞の記者も黙らざるを得なかった。
「実は広花さんとも協議したんですが……」少し間をおいて米原が言った。「今の4人のままで続けることにしたいというのが全将連とCASSAの希望です」
「4人で、ですか」ITT東日本の部長だった。
「はい。規模が小さくなるのは避けられませんが、ハルと名人や龍王との対戦をぜひ見たいという要望が数多く寄せられてまして、対抗戦を打ち切ることだけはなにがなんでも避けたいと思っています」
「どうやら、すでに腹案をお持ちのようですね」今度はITT西日本の常務が発言した。
「はい。双方2人ずつの対抗総当たり戦ということで4局行います。毎週土曜日に1局ずつ開催し、4週間で完了ということにします。対局規定は従来通りです。ただし……」米原はそこで一旦言葉を切り、「大沼君から、2局ともネット対局ではなく通常の形で対局したいという要望がありました。彼の対局に関しては、しかるべき場所での公開対局にしようと考えています」
「しかるべき場所とは具体的には……」
「はい、ITT東日本さんの本社ビルにあるイベントホールを考えています。で、対局の様子を初手から投了までネットテレビを使って中継しようというアイデアです」
「それは面白いね」ITT東日本の部長が反応した。「すぐにホールの空き状況を調べさせよう」
「あ、それには及びません。実は……」米原は言い難そうに言葉を継いだ。「担当の方を通じて、使えることを確認済みなんです」

画面の中で、ナツキ以外の3人が「なんだ」という表情になった。

「ハルについてはどうするんです?」
「彼はコンピューターと一心同体ですから、公開対局というわけにいきませんが、こちらはそのコンピューター室にカメラを持ち込んで同じくライブ中継します。もちろん全将連会館の対局室にもカメラを入れ、名人や龍王の対局姿も中継します」
「それはいいね」西日本の常務だった。「実は、棋譜中継だけじゃつまらんと思ってたんですよ」
「ありがとうございます。それで賞金についてなんですが、参加する棋士の総数が減ったのですから賞金規模も小さくするのが筋かと思いまして、当初の計画を変更して、まず勝利者賞ということで勝った者に1,000万円を贈ります。また1人当たり2局を指すことになるのでその2戦を全勝した者にはさらに1,000万円をボーナスとして出します。従って賞金総額は最大で6,000万円ということになります」
「米原さん、我々にとって賞金の額は大した問題じゃない。確かに久保田さんが出られないのは残念ですが、だからといって賞金を減らすのは得策とは思えない。今仰った額をそのまま倍にして、賞金総額は当初の通り1億2,000万円でいきましょう」東日本の部長の言葉に西日本の代表である常務も大きく頷いた。
「ありがとうございます。それではお言葉にあまえて、賞金総額1億2,000万円ということで、あとはスケジュールを調整した上で最終案ということで明日にでもお持ち申し上げます」

どうにかスポンサーの同意を取り付けることができて米原は小さく安堵の息をついた。

 

【次回:ここをクリック
【前回:
ここをクリック
Copyright © 2009, 2010,
2011, Party in My Library
《これはフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係ありません。》

|

« Shogiブレイクムーブ01 【95】 | トップページ | Shogiブレイクムーブ01 【97】 »

【Fiction】」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/220529/52299334

この記事へのトラックバック一覧です: Shogiブレイクムーブ01 【96】:

« Shogiブレイクムーブ01 【95】 | トップページ | Shogiブレイクムーブ01 【97】 »