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2007年10月23日 (火)

謝罪について

「赤福」の事件はまさに「雪印」のパターンをなぞってる。

今日の報道に至っては、本社から毎日、日付を付け替える商品数について指示が出されていたとのことである。

昨日は社長が、売残り品の不正な再利用の割合が当初発表よりもはるかに多かったことで「申し訳ありませんでした」と頭を下げて謝罪した。確かこの社長、最初の頃は「申し訳なく思っています」としかコメントしなかったと思う。

これは以前、別のところで書いたことだが、こうした企業や省庁の“不祥事”に関して行う会見では、出てくるトップや幹部は「お詫びしたいと思います」とか「申し訳なく思っています」と発言するだけでお茶を濁すことが多い。だが、「~と思います」というのは謝罪の意向の表明であって、謝罪そのものではない

トップや幹部というのは他人に頭を下げるのが苦手なのか、「あれは部下がやったこと」「過去の執行部の責任」「俺が今のポストを引き継いだときはもう発生していた事柄だ」と、素直に責任を認められないからなのか、素直に謝ろうとしない。以前、横浜市の中田市長は職員の不祥事に関連して、「行政の長として、謝らなければならないのでしょうね」と憮然とした表情でコメントしたことがあったが、ああこの人は「俺の責任じゃないと思っているな」と感じた。昨日の赤福の社長も、もうのっぴきならない状況となって頭を下げたような気がする。

勿論、“謝って済めば警察は要らない”のだが、迷惑をかけられた側というのは謝罪によって随分と慰撫されるものである。それを「お詫びしたいと思います」と、謝罪の一歩手前で足を止めるのでは、まったく謝っていないも同然である。

因みに(これも以前、謝罪の仕方について書いたときに、例として引合いに出したことだが)、英語でも「I would like to apologize...」(謝りたい)は謝罪とは認められないようだ。映画『ロードトゥパーディション』で、ポール・ニューマン扮するギャングの老ボスは、不始末をしでかした息子が上の科白を口にした途端、テーブルを叩き、「「You would like to apologize?」(謝りたいだと)と睨みつけた。

心から謝るには、自分のやったことに対する深い反省が必要だ。そうした反省なしに口先だけで謝ろうとするとき、人間は「お詫びしたいと思います」という言葉を口にしてしまう。

ところで、前任者2人が目立つ存在だったので少々影が薄いが、現在の日本の内閣総理大臣は先日の国会答弁で「もしそうだとしたら、謝らなければならないのでしょうね」といった意味の発言をしていた。しかし、それは決して他人のことでそう言ったのではなく、自分のことについての発言だった。

前任者の口癖は「しっかりと~」だったが、今度の総理は「~しなければならないのでしょうね」が口癖だろうか。ちょっと無責任な響きが気になる。

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