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2007年10月24日 (水)

マクラ=懐かしTV、本題=媒体としてのネット

Tvダーリン(サマンサの旦那さん)って広告会社に勤めていたんだ!

懐かしいTV番組のダイジェスト版を集めたサイトがある。ペプシがそのスポンサーになったということで、Ad Innovatorが取り上げていた。

早速、そのサイトをのぞいてみた。サマンサが自動車の運転を習うため、教官と街中をドライブするという話。アメリカの教習車には、“教官ブレーキ”だけじゃなく“教官ハンドル”もあるのには驚いた。

『奥さまは魔女』はよく観た番組だが、ひょっとしてサマンサ(エリザベス・モンゴメリー)の本当の声を聞いたのは今回が初めてか。映画(まだ観ていない)ではニコール・キッドマンがサマンサを演じたが、メグ・ライアンの方がイメージとしては近いんだがと思ったが、あんまり近くてもダメなのかも知れない。

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ところでAd Innovatorはブックマークを付け時々のぞいているのだが、このブログを見ていると、広告業界というのも私が関係していた20年前とは大きく様変わりしているのが分かる。Ad InnovatorはITやネットがらみの新しい広告媒体を主に取り上げているが、ネットといえばバナーしか思い浮かばなかった私としては、新しいエントリーを読むたびに大いに驚かされているというのが偽らざる事実である。

これまでは新聞とテレビが2大広告媒体だったが、その新聞でペーパーレス時代の到来がささやかれるようになってきた。確かに、“個へのリーチ”という点に関してネットというのは極めて便利なツールであり、それは広告だけでなく、新聞本来の報道に関しても言えることだろう。

これまでの報道がマスを対象としてきたのは、報道というものが本質的にマスを対象とするものであったからではなく、技術的制約によってそうならざるを得なかったからだろう。印刷、放送という手段は一方向でもあり、個別のニーズを細やかに拾い上げることは不可能だった。それが通信という手段により双方向性を獲得し、まずは広告でその力を発揮し始めた。やがて、それが報道にも波及するのは間違いないだろう。報道→広告というかつてのメディアがたどったのとは逆の流れによる発展がネットの特徴となるのかもしれない。

新聞とテレビは、一方が詳報性を売りにすれば、もう一方は速報性で勝負するというように、それぞれの特性を活かした上で自然と棲み分けが確立していた。それが今、その新聞とテレビ両方の特性を具備したネットがメディアとしての力を急速に付けてきている。これは推測であり、“たられば”の話でもあるが、供給側に関しては技術的条件は既に整っているのではないだろうか。問題は情報を受け取る側にあるので、もし日本におけるパソコンの普及率がテレビ並みになり、使用に要する知識技術もテレビ受像機並みに簡易なものとなったら、広告媒体としても報道媒体としてもネットは新聞、テレビに比肩するポテンシャルをとっくに獲得しているのではないだろうか。

今新聞社もテレビ局もネットとの融合に躍起となっている。だが、ラジオがテレビに呑み込まれたように、やがては新聞もテレビもネットに呑み込まれる日が来るのではないかという予感がする。

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