« 永世竜王位 | トップページ | クラブW杯:ACミラン優勝 »

2007年12月16日 (日)

「なぜ死なねばならなかったのか」

直訳調必ずしも悪訳にあらず--その理由として、日本語の表現が豊かになるという点が挙げられる。

今の日本語表現の中には外国語・外国文化から取り入れたものが少なくない。それは中国経由で伝来した仏教用語までさかのぼることができる。今そうした表現・用語の供給源としては英語と米国文化が重要な位置を占めており、我々が日常見聞きし、使う日本語の中には英語起源のものが多数ある。

タイトルに掲げた「なぜ死なねばならなかったのか」というのもその一つで、事故や事件で近しい者を失った人がテレビのインタビューなどに応えて口にすることが多い。

英語では「Why did he (she) have to die?」。日本語はその直訳であり、最初に耳にした時は違和感を感じたし、個人的にはあまり好きな表現ではないが、身内など大切な人を突然失った遺族の立場になって考えれば、「なぜ死なねばならなかったのか」という必然性を示唆する表現による問いかけには、死んだ者への強い思いと、その死に何らかの意味を見い出したいという自然な感情が込められているのであり、この表現はそうした遺族の感情を表す力を持っていると言える。

またそうした表現だからこそ、身内を失ったわけでもないのに気軽に、無定見に使用することは、内容の空疎さを、表現が持つ力を借りて取り繕うとするに等しい行為であり慎むべきだろう。

|

« 永世竜王位 | トップページ | クラブW杯:ACミラン優勝 »

翻訳」カテゴリの記事

コメント

こういう文体の拡張を「日本語の表現が豊かになる」とポジティブに捉えることもできますが、同じ現象について「日本語の乱れ」と苦言を呈する向きもあるわけですよね。

この例のように、「既存の日本語表現では表すことのできなかった部分にちょうどはまる」ような翻訳なら「日本語を豊かにする」機能を果たしていると思います。

直訳のもう一つの問題としては、背景の文化ということがあります。たとえば、この例の have to die。詳しく検証した結果でも何でもない直感だけですが、もしかするとこの言い方ってキリスト教文化が大前提なのかな、と。万能の神が人間の生死まで司るというような死生観に基づいて考えると、why ... have to die というのは「なぜ神に召されなければならなかったのか?」という問いなのではないか。こちらは、あまでもただの思いつきですが。

投稿: baldhatter | 2007年12月17日 (月) 10時55分

帽子屋さん

>万能の神が人間の生死まで司るというような死生観に
基づいて考えると、why ... have to die というの
は「なぜ神に召されなければならなかったのか?」とい
う問いなのではないか。

なるほどこの点はまったく気づきませんでした。キリスト
教などの絶対神の前では人間の意志などあってなきが如し、
故に「~ねばならないのか」と問わざるを得ない。
一度調べてみたいテーマですね。

投稿: Jack the Rabbit | 2007年12月17日 (月) 13時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/220529/17389442

この記事へのトラックバック一覧です: 「なぜ死なねばならなかったのか」:

« 永世竜王位 | トップページ | クラブW杯:ACミラン優勝 »