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2008年7月22日 (火)

バナナのパラダイムシフト

■1949年横須賀生れ 女性 「バナナは貴重品でした。お客さんが来たときや病気をして食欲がないときにしか食べさせてもらえませんでした」

■1951年東京生れ 男性 「めったに食べられなかったね。値段が高かった」

■1953年横浜生れ 男性 「風邪引いて熱が出て学校休むとバナナが食べられたのでうれしかった」

■1961年東京生れ 女性 「バナナなんて、スーパーに行けばいつでも買えたよ」

■1963年横須賀生れ 女性 「バナナが貴重だったって話は聞いたことがある。でも、私には分からない」

今では100円ショップでもバナナが売られている時代。バナナが貴重な食べ物だったという話、子どもたちには“神話”のように聞こえるらしい。

現在の50代半ばから40代半ば、生年で言えば1950年代後半から60年代初めにかけてのどこかで、バナナに関して“貴重品”から“日常品”へのパラダイムシフトが起きたのだろう。

【追記】
この記事に対してコメントとEメールをいただきました。Eメールは本人の承諾を得て、一部を下記に転載しました。
ところで、あなたが子どもの頃、バナナは“貴重品”、それともいつでも食べられる“普通のくだもの”のどちらだったでしょう。よろしかったら教えてください。
コメントの必須条件から「メールアドレス入力」をしばらく外すことにしましたので、気軽にコメントをお送りいただければ幸いです。なお「承認制」の方はそのまま維持させていただきます。

■1951年青森生れ 男性 「東京にくるまで、数えるほどしか食べたことがなかった」

■1961年埼玉生れ 男性 「存在自体は珍しくなかったけど、いつでも買えるほど身近な食べ物ではなく、それなりのステータスはあった」

■1957年東京生れ 女性 「貴重な方だったと思う。買ってもらえるのは遠足や運動会のとき。だから熱を出したときの桃の缶詰と同じくらい嬉しかった」

■1961年埼玉生れ 女性 「特別なものというほどではなかった。でも今みたいに毎日食べられるというものでもなかった」

■1958年東京生れ 男性 「家にいつもあるというものではなかったけど、小学校5、6年の頃には給食に出ていた」

■1958年茨城生れ 女性 「理由(わけ)があって、親戚の家で育てられたが、その家が比較的裕福で遠足にバナナを持たせてくれた。けれど、ほかにバナナを持ってくる子はいなかった」

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身辺雑記」カテゴリの記事

コメント

私は 1961 年生まれですが(書いちゃったよ^^)、「スーパーに行けばいつでも買えた」というのはちょっと違和感があります。たぶんこの方は家がお金持ちだったのかもしれません。

なので、私の場合はこうなります。

1961年東京近郊生れ 男性
「存在自体は珍しくなかったけど、いつでも買えるほど身近な食べ物ではなく、それなりのステータスはあった」

投稿: baldhatter | 2008年7月22日 (火) 15時53分

baldhatterさん

ご回答をいただきありがとうございました^^
「追記」という形で記事に掲載させていただきたいのですがよろしいでしょうか。
また友人からメールがあり、そちらは追記に入れておきました。彼は東京の高校に入学してから比較的頻繁に食べるようになったのですが、中学生までいた青森ではほとんど口にしたことがなかったようです。

投稿: Jack | 2008年7月22日 (火) 18時10分

どーぞどーぞ。
じゃ、せっかくだからデータを正確に書き直します。

1961年埼玉生れ

投稿: baldhatter | 2008年7月22日 (火) 21時07分

1965年長崎生まれ
幼い時のバナナに関する記憶がないので何とも。でも貴重なものだったことは知りませんでした。親にでもきいてみます。

投稿: | 2008年7月24日 (木) 07時07分

追加のデータも含めて拝見していると、どうやら私の生まれ年前後数年あたりが、地方差も含めた微妙なラインになってい感じですね...

投稿: baldhatter | 2008年7月24日 (木) 14時32分

そうなんです。どうやら58年から60年頃に生れた人たちが「貴重品」から「日常品」への転換時期に当たっているようです。今年、48~50歳になる人たちですね。

投稿: Jack | 2008年7月24日 (木) 17時12分

1961年静岡生まれ。小さい頃は、少なくとも日常的に食べられるものではありませんでした。家が商店街にあったので、3歳ぐらいから勝手に近所の店に遊びに行っていましたが、八百屋さんではメロンのように箱に入って棚の上…という扱いではないにしろ、庶民にとっては、ちょっと高めの果物だったと思います。現在のショートケーキぐらいの感覚でしょうか。それが、遅くとも小学校高学年には、給食に出るようになりました。私も「スーパーに行けばいつでも買えた」には違和感があります。というか、スーパーマーケットというもの自体がなかったような…。

投稿: ふう | 2008年7月25日 (金) 02時47分

Jackさん、はじめまして。バナナのパラダイムシフトの話題、興味深いですね。私もちょっとだけおじゃまさせていただきます。

1961年北海道生れ 女性
遠足のとき「おやつに入れてもいい」許可が出ると、近所の八百屋さんに行って1本だけ、10円で買っていました(スーパーはまだありませんでした。ちなみにおやつの限度額は100円)。
家にバナナがあると「あれっ、どうしたの?」と反応するような、ちょっとした「ハレの日」寄りの位置づけだったはずで、房状態で家の中にあるのを見た記憶は、ほとんどないです。遠足のほか、食べるのは、たまーに給食で半分だけ出たりするのも含めて年に何回か程度。と言っても”貴重品”という呼び方はどうだったのかな、という程度には庶民的なイメージで、しかし実際の登場頻度は”貴重品”なみという、言われてみれば、なるほどまさしく”シフト期”だったのかもしれませんね。

投稿: ぐるぐる | 2008年7月26日 (土) 13時19分

長崎生れさん、ふうさん、ぐるぐるさん

コメントをいただきありがとうございます。
皆さんのお話をうかがい、58年から61年生れが境界線上の人たちだと思うようになりました。次はその背景をさぐってみたいと思っています。
偶然とはいえ、61年生れの人が多いですね。
ところで「1961」って、ひっくり返しても「1961」って御存知でした? (デジタル電光掲示の数字ではなく、普通に書いた場合)次にそれと同じくひっくり返しても、元と同じになる西暦年は「6009」年です。実に4001年後。「それで?」って言われれば、「それだけです」っていうだけの話題ですが^^;

投稿: Jack | 2008年7月26日 (土) 14時53分

再びこんにちは、
父によると、バナナは戦後外貨の関係であまり輸入されておらず、高価であると同時に、値段と味が釣り合わずあまり購入されなかった。バナナの値段で他の美味しい物を買った方が良かったのではないだろうか、だそうです。
ここからは私の考えですが、父は今でもあまり食べませんし、母もきらさないようにしているようですが、元々馴染みがないので多く食べるものではないです。値段が安くなってからも、夏のスイカや冬のミカンのようにいつも家にある果物ではなかったので、私にはバナナの記憶がないのだと思います。街で「バナナサンデー」などの見本をうっとり眺めた記憶はありますが。
他の方のコメントに、「バナナ一本10円」とありますね。昔は、チロルチョコが3つくっついたのが10円でしたし、そのチロルチョコと色が付いた球形のガムが4つ入った小箱を買うか、駄菓子やさんで随分迷ったのを覚えています。

投稿: 長崎生まれ | 2008年7月26日 (土) 20時42分

>ところで「1961」って、ひっくり返しても「1961」って御存知でした?
、、、あっ、ほんとですね。なぜ気づかなかったのか?!というくらい全然気づいていませんでした。

話題が逸れるのは反則かな・・・?と思いつつ、、、
バナナをきっかけに子供時代を思い起こすと、あらゆる物がシフト期にありましたね。近所では冷蔵庫を持っていない家が普通にありましたし、私が小学生になる頃まで我が家には電話がなく、急ぎの連絡は電報で受け取っていましたし。その他モロモロ。それぞれ個別に盛り上がれそうなネタだらけですね。

>次にそれと同じくひっくり返しても、元と同じになる西暦年は「6009」年です。実に4001年後。
あれだけ「未来の象徴」だった「2001」年も、意外にアッサリやって来て、もうすでに「過去」ですからね。「6009」年も、きっとすぐですよ(笑)。

投稿: ぐるぐる | 2008年7月28日 (月) 22時04分

ぐるぐるさん

>あらゆる物がシフト期にありましたね
私より1世代若い1961年生まれだと、まさに高度成長期と共に育った感がありますね。

>あれだけ「未来の象徴」だった「2001」年も、意外にアッサリやって来て、もうすでに「過去」ですからね。
うーん、まさに仰るとおり。「2001年」のキューブリックもクラークも鬼籍に入ってしまいましたしね。
6009年をこの2人が描いたらどんな世界を見せてくれたんでしょうか(ますます話が脱線してしまいました^^)。

投稿: Jack | 2008年7月28日 (月) 23時40分

忘れかけた頃に、しつこく登場です(笑)。

父が8ミリ好きだったため、私の幼少期の映像が数多く残っています。
8ミリフィルムをDVDに変換するサービスを先ごろ利用したとのことで、実家に寄った折に、装いも新たにDVDに収まったその映像を観せてもらっていたところ、、、出てきましたよ。バナナが!
場面は昭和40年のクリスマスイブ、我が家の食卓です。
クリスマスイブにわざわざ食べるぐらいの物だったんだなぁ、と改めてナットク(笑)。まるごと1本を手にして嬉しそうに食べている幼い私が映っておりました^o^;
母によると、やはりバナナを食べるのは「クリスマスイブとか運動会のときぐらいだったねぇ」とのことでした。(そんな”貴重品”だったはずなのに、それでもヤケに”親しみ感”も付随して残っているのは、それこそ、パラダイムシフトゆえなのか、それとも、手に持って皮をむきながら食べる、というカジュアル感のなせる業か?^^;)

>私より1世代若い1961年生まれだと、まさに高度成長期と共に育った感がありますね。
まさしく、ですね。自分が成長して行くのと歩調を合わせるかのように、まわりの物や風景もどんどん変わって行ったなぁ、と感じます。

>6009年をこの2人が描いたらどんな世界を見せてくれたんでしょうか
うゎ、観てみたい読んでみたいですねっっ。


投稿: ぐるぐる | 2008年8月 4日 (月) 22時47分

映像--まさに物証が出てきたわけですね。クリスマスにバナナって聞き、小学生の頃通っていたそろばん塾が開いてくれたクリスマスパーティでバナナが出てきたのを思い出しました。

>まるごと1本を手にして嬉しそうに食べている幼い私が映っておりました

きっと輝くような笑顔だったんでしょうね。小さいときの自分の映像があるっていうのにも世代のギャップがありますね。私なんて、七五三の写真がまともに写っている最古の写真で、映像なんてありませんから。

>8ミリフィルムをDVDに変換するサービス

おおそうだ、わが家のビデオもDVDに移さなければ…

貴重なお話、ありがとうございました。

投稿: Jack | 2008年8月 5日 (火) 10時34分

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