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2009年1月 5日 (月)

全国高校サッカー選手権

今日(09年1月5日)、準々決勝4試合が行われた。その結果、10日の準決勝の組合せは次のようになった。

前橋育英-鹿児島城西
広島皆実-鹿島学園

前橋育英以外は、すべて初のベスト4であり、どのチームが優勝しても初優勝となる。

ところでテレビの実況放送だが、選手や家族の苦労話などを取り上げるのはほどほどにしてほしいものだ。いみじくも今日の放送でアナウンサーが言った通り、「参加した2万人の選手全員にドラマがある」ので、それを毎回のように紹介されると正直食傷気味になる。

前後半合計80分の試合時間をカバーするだけの材料がないのであれば、黙って試合の様子を放送すればよい。それを「お母さんは毎朝5時に起きて、弁当を作ってくれたそうです」、「自分が試合に出られなくとも、縁の下の力持ちとして仲間を支えています」など、言葉で“感動させよう”という演出が過ぎる。

おそらくは地方大会の段階から丁寧に取材するなど、地道な努力をしていないため、あのようなスタンドや宿舎で拾えるネタしか紹介できないのだろう。もっともそういう話を聞きたがる人もいると思うので、主音声は従来通りの放送とし、副音声ではアナウンサーの実況を抜いて、(編集前の“ホワイトマザーテープ”のように)会場の音だけを流すようにしてもらえるとありがたい。

これはサッカーに限らず、すべてのスポーツ中継に対する希望である。

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コメント

> 言葉で“感動させよう”という演出が過ぎる
> すべてのスポーツ中継に対する希望

スポーツ中継に限らず、ドラマでも映画でも報道でも、あらゆるところで「言葉による感動の押し付け」が目に余るようになって久しいと思います。
本来は自発の意味だった「泣ける」という言い方が最近はすっかり可能の意味で定着している。「泣ける」ドラマと「笑える」バラエティぱかりを追い求めたあげくが、今のテレビ界低迷の最大の原因でしょう。

投稿: baldhatter | 2009年1月 5日 (月) 20時53分

>あらゆるところで「言葉による感動の押し付け」が目に余るようになって

確かに。ただスポーツ以外のコンテンツ(番組)では、言葉で煽らないと、見るに堪えないものが多いという事情があるでしょうが、スポーツはそれ自体に感動させるだけのパワーがあり(そうでないものもありますが)、そこに「演出」を付け加える必要はないと思うんですよね。サッカーでも、駅伝でも、ラグビーでも、ゴルフでも(プロ野球はちょっと違いますが)、現場に行けば「解説」も「実況」もなく、観客は余分な添加物のような情報に惑わされることなく、純粋にスポーツを楽しめるので、テレビでもそういう選択肢があればいいなと思うわけです。

>本来は自発の意味だった「泣ける」という言い方が最近はすっかり可能の意味で定着している。

なるほど、これは面白い視点ですね。そういえば「いけてる」という言葉(業界用語?)も、初期の頃とは使われ方が変わってきているような。
総じて、テレビの言葉は押しつけがましいと感じています。

投稿: Jack | 2009年1月 7日 (水) 02時11分

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