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2009年3月16日 (月)

旧住友家俣野別邸焼失

Photo_3国指定重要文化財「旧住友家俣野別邸」(横浜市戸塚区)が昨日(09年3月15日)早朝の火事で全焼失した。放火の疑いもあるとして警察、消防で出火原因を調べている。けが人はなかった。

わが家から歩いて30~40分ほどのところにあった、横浜市戸塚区で唯一の重文建築物だった。

昭和前期モダニズムの意匠を伝える邸宅建築  (近代/住居)
旧住友家俣野(またの)別邸   1棟,土地
                    神奈川県横浜市   国(財務省)
 旧住友家俣野別邸は,横浜市の西南端,藤沢市との市境に広大な敷地を構える。住友家第16代当主住友吉左衛門友成(ともなり)の東京別邸として,佐藤秀三(ひでぞう)(佐藤秀(さとうひで)工務店)の設計施工により昭和14年に建設された。木造二階及び平屋建,一部鉄筋コンクリート造地下室付で,主屋棟,子供室棟,サービス棟をY字形に配置する。
 旧住友家俣野別邸は,住友営繕の系譜をひく佐藤秀三(ひでぞう)の代表的作品であり,昭和前期モダニズムの影響下における,ハーフティンバー・スタイルを基調とした洋風折衷住宅建築として重要である。
 また,食堂を中心としたコンパクトな平面構成に特徴があり,大邸宅建築における平面計画の変化が示されている点にも歴史的意義が認められる。郊外邸宅の在り様を物語る屋敷地とともに,保存を図る。
○指定基準=意匠的に優秀なもの,歴史的価値の高いもの


「文部科学省報道発表資料」より 

横浜市では公園としての整備を進めていて、来年春の完成を予定していた矢先の焼失だった。

横浜市戸塚区と藤沢市、鎌倉市が境を接するこの辺りは、東海道(国道1号線)があって交通の便が比較的よかったためだろうか、大正・昭和の時代に建てられた別邸がほかにもある。

旧住友家俣野別邸」から南へ500~600mのところにあったのが「旧モーガン邸」である(2007年5月に不審火によって半焼、今年1月2度目の不審火で全焼した)。

また、「旧住友家俣野別邸」から1.5kmほど北東には「ウィトリッヒの森」と呼ばれる森がある。スイス人のアーノルド・ウィトリッヒという人物が故郷のスイスに似ていると、私財を投じて育てた森で、遺族から横浜市に寄付され、現在は市民の森として管理、公開されている。この「ウィトリッヒの森」にもウィトリッヒ氏の別邸があったが、今は別の場所に移築されている。

それにしても先月には東京杉並の「トトロの家」が放火と見られる火事で焼失しており、こうした無防備な文化的建築物を狙う卑劣な悪意を防ぐ手段はないものだろうか。

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コメント

昭和初めの建築物なんですね。横浜って東京みたいに空襲に遭わなかったのでしょうか。
それなのに残念ですね。
故郷のグラバー邸や、東京時代に連れて行ってもらった軽井沢で見た家々を思い出しました。

投稿: pompon | 2009年3月16日 (月) 22時40分

横浜にも大空襲はありました。昭和20年(1945年)5月29日のことです。
ただ、空襲を受けたのが横浜の中心部や工業地帯で、ここ戸塚辺りは
被災を免れたようです。
横浜大空襲では1万人前後が亡くなり、多くのものが失われました。その
中には貴重な文化財や芸術作品もあったと聞いています。

投稿: Jack | 2009年3月17日 (火) 23時53分

> 横浜にも大空襲はありました

また知らない事実。。。 年末に、映画『Australia』を観たのですが、映画の最後で日本軍の空襲を受けるんです。こちらは戦争初期ですが、知らなかったので驚きました。
この文化財焼失の記事で、住友家など昨日からWiki三昧しています。

投稿: pompon | 2009年3月18日 (水) 13時18分

今、ニュースをみたら、「旧吉田邸」が火災だそうで。同じ県内ですよね。重文ではなさそうですが、公園として一般公開目指して整備をしているところだったどか。相次ぐ火事、残念です。

投稿: pompon | 2009年3月22日 (日) 08時29分

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