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2009年4月17日 (金)

橋上橋を架ける愚

Photo2016年五輪の開催地に立候補している東京を、現在IOCの視察団が訪れている。

率直に言って、なにも東京で五輪をやらなくてもいいのではないかと思う。どうやらかなり多くの人がそう思っているようで、東京は候補4都市中で開催に賛成する地元住民の割合が最も低いらしい。

前回1964年の東京五輪の時、私は中学生だったが、それなりの思い出はある。だがそのほとんどはテレビや新聞を通じての間接的経験であり、自分が住んでいる土地で行われたのだという実感は、開会式の日、航空自衛隊ブルーインパルスが大空に描いた5つの輪を見たことぐらいだろうか。

実は東京五輪については、五輪のイベントそのものよりも強烈な印象を受けたのが、初めて見た日本橋だった。たぶん高校生ぐらいだったと思う。首都高速道路の高架橋の下にある日本橋は、“向こう岸”という未知へと続く、多少なりとも明るさを伴う“橋”のイメージとはかけ離れた暗く陰気な物体に見えた。

母に聞いたところでは、小さい頃私は日本橋の三越に何度か連れて行ってもらったことがあり、首都高速道路で蓋をされる前の日本橋を渡ったことがあるとのことだった。そう言われてみると、“橋の向こうにある楽しい場所”という記憶とも言えない淡い心象風景がある。しかし、デパートの屋上で遊んだことは憶えているが、小学校に上がる前の子どもに、その途中で通った橋の記憶はない。

首都高速道路というのは、“東京五輪に間に合わせて作る”ことが至上命題の一つであった道路網で、当初の設計案には片側3車線の案も含まれていたが、それでは用地買収などに時間がかかり、五輪に間に合わないということで、現在の2車線に決まったという話を聞いたことがある。

それでも、既に開発が進んでいた日本橋近辺では用地の取得が困難であったため、用地買収の必要がない川の上を通るルートにしたという。その結果が“橋の上を橋が通る”奇怪な光景となって今に残っているわけだ。

走ってみると分かるが、首都高速道路は確かに“急造”という印象が強く、インターチェンジが“左側進入”であったり、本線までのアプローチが非常に短かったり、下り路線にはインターチェンジがあっても、反対側の上り路線にはないなど、進入、合流、分岐のし難い道路である。

私が初めて首都高速に乗ったのは5号線の下りで、車の左側を本線が走る“左側進入”になっていて、非常に緊張しギアを入れ間違えた。とにかく初めて利用する人間には極めて走り難い、恐怖を感じることすらある道路である。

1964年の五輪のおかげで東京は近代都市に生まれ変わったといった論を聞くことがあるが、それは違うような気がする。確かに近代化を早める要素にはなっただろうが、あの当時の日本の経済発展を思うと、東京は(そして日本は)遅かれ早かれ近代化を果たしたに違いない。

「拙速」という言葉がある。日本橋を通るたびに思い出すのがこの言葉である。また「功を急ぐ」とも言う。石原知事が「五輪招致」を言い出したときに感じたことである。21世紀の東京で五輪を開くことにどんな意義があるのか私には分からない。ただ、五輪のために再び橋上橋を架ける愚だけは避けてほしいものである。

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コメント

昨年の北京五輪に向けて、お隣の大国が早急に準備を進めていたときの様子、あるいはその裏事情などが報道されるたびに、かつての東京(およびその周辺地域)も似たような状況だったのだろうな、と思っていました。

東京五輪の年にはまだ記憶があるかないかの年齢だったので、その前の「蓋をされる前の日本橋」はさすがに知りませんが、「橋の上の端」の景色を初めて見たときの違和感はよく覚えています。

投稿: baldhatter | 2009年4月17日 (金) 19時32分

> “橋”のイメージとはかけ離れた暗く陰気な物体に見えた

有名だからとか由緒あるから、と聞いて実際行ってみると、普通の物体にみえたり陰気に見えたりして、それをどう表情に出していいかわからない時があります。

日本橋は何回も行ったのですが、<橋>は記憶にありません。深川にいたとき、永代橋を渡ると<都心>というか、もっと昔は<江戸>の中に入るということだったのでしょうね。それはなんとなく感じました。

来年はバンクーバー五輪ですが、見積もりより費用がかかって5倍、10倍になっていて問題になっています。五輪自体お金がかかりすぎるし、警備などの見直しも必要かもしれませんね。東京ではなくて、他の都市でもいいような。。。

投稿: pompon | 2009年4月18日 (土) 09時33分

baldhatterさん

>かつての東京(およびその周辺地域)も似たような状況だったのだろうな

今ほどマスメディアが発達していなかった分だけ、表面化しなかったトラブルはかなりあったと思います。東京の環状7号線の工事だったかに反対して、立ち退きを拒否した人の家が1軒だけ、道路の真ん中にぽつんと取り残されるように建っていたことがありましたが、あれもオリンピックに絡んでのトラブルではなかったかと記憶しています(定かではありません)。

pomponさん

>費用がかかって5倍、10倍になって

ほとんどのオリンピックが予算オーバーになりますね。あれは予算の段階からあまりに大きな数字を出すと、反対運動が高まるから、最初は無理矢理数字を小さくしているのじゃないでしょうか。

投稿: Jack | 2009年4月18日 (土) 21時54分

海外に住むと「和」のものが懐かしく、この数年浮世絵に魅せられています。特に北斎や広重。広重の東海道五十三次の第一作の「日本・朝之景」の解説によると、五街道の出発点として家康に定められた。広重の「日本橋」の絵は曙が描かれています。「お江戸日本橋七つ発ち」というように、背景は薄い赤で午前4時頃に出発したことを証明してくれています。
その回りには金貨を鋳造する金座(後の日銀)があったり、魚河岸があったりした、まさに賑わしい江戸の中心地だったそうです。
1964年の東京オリンピックのために、その数百年前には人の往来が激しかっただろう日本橋が橋の下となり、日本橋が全く無視されてしまったというわけですね。
オリンピックは日本の更なる成長のため必要ではない時代に入っているのではないでしょうか。日本に召集したいという気持ちは、過剰な自己顕示欲という感じを受けています。

投稿: biillabong | 2009年4月19日 (日) 23時33分

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