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2009年5月 6日 (水)

『シリコンバレーから将棋を観る』の翻訳オープン化とその後の進展

梅田望夫氏が自著『シリコンバレーから将棋を観る』に関して、「何語に翻訳してウェブにアップすることも自由、とします」と宣言してから2週間ほどで、どうやら英訳が終了したらしい。

ことの成行きを時系列に沿って整理すると次のようになる。

■2009年4月20日:梅田氏が翻訳のオープン化を宣言する。

■2009年4月29日:shotayakushiji氏が自分のブログ『日本にもシリコンバレーを!!!』で英訳プロジェクトの立上げを表明。翻訳希望者を募集。

■2009年4月30日:上記翻訳者募集が終了。最終的に10名でプロジェクトをスタートさせることに(参照)。

■その後の進捗状況は、翻訳者募集にいの一番に手を上げたという人のブログに次の記述がある。

5月2日  1万語突破! →「ほんとに1週間で、終わす気だ。こいつら。」 

5月3日  2万語   → [何かとんでもないペースだぞ・・」 

5月4日  3万語   →「このままじゃ、明日までに終わらん!」 

5月5日  5万3千語 →「終わったどー!!!byid:shotayakushiji

「5万3千語」が何を意味するか不明だが、原文の文字数であれば400字詰め原稿用紙で133枚分に相当する。また翻訳した後の英訳文のワード数であれば、昔風のA4 1ページ当たりダブルスペース23行打ちというフォーマットで240ページ分である。

10人で翻訳したとして、1人平均で原文13枚強、訳文なら24ページほどを訳した計算になる。どんな人たちがメンバーなのか分からないが、提案者の年齢から推しても若い人が中心なのではないかと推測され、中には翻訳の経験が少ない人もいただろう。大変な作業であったと想像される。

今日(09年5月6日)の時点で、訳文の推敲にとりかかっているようだが、ちょっとだけ気になる点を記しておく。

翻訳というのは、「原文(ソース言語)の解釈・理解」→「訳文の作成(ターゲット言語での表現)」→「推敲」という過程を経る。むろん、そのどれもが重要なのだが、今回は日本語から英語への翻訳ということで、「自分たちは日本人なんだから日本語はじゅうぶん理解できる」とばかり、「原文の解釈」が軽視されるようであれば、それは大きな間違いだということを言っておきたい。

日本語を英語に翻訳する場合、ふだん我々が本や雑誌、新聞を読んでいるときとは比較にならないほど深く読まなければならないことが多い。自分の日本語力をフルに発揮しなければ、或いは読解力を過信するようなことがあれば、原文を曲解・誤解することがあるという点を忘れないでほしい。

私も『シリコンバレーから将棋を観る』を読んだが、著者の文は論理も構成も明確で分かりやすい。またいわゆる「将棋用語」を極力用いずに表現しようと腐心している様子もうかがえるのだが、やむを得ず使用している箇所が少なからずある。特に「ネット観戦記」の部分は将棋用語が頻出する。

ここで注意すべきが「将棋用語=専門用語・コンセプト」の理解である。翻訳メンバーに将棋に詳しい人がいれば、この専門用語・コンセプトのチェックはその人が担当するべきだろう。将棋そのものの用語や棋戦に関する知識、各棋士のバックグラウンドなど、知識は豊富なほどよい。たとえばの話し、「連覇」と「連勝」の違いなども的確に訳し分けてほしいと思う。

「話し言葉の翻訳」も重要である。本書の場合、プロ棋士の発言が随所に取り上げられているが、注意を要する。たとえば羽生名人の「ああ、ああ、はい、はい、読みました。どうも、はじめまして」(本書147ページ)という発言―これなど羽生名人の口癖を見事に写し取った記述であり、将棋ファンなら、ここを読んだだけで羽生名人の多少メガネが落ち気味の(今使用しているメガネは少しずり落ちている場合が多い)表情と、そのひょうひょうとしたしゃべり方を思い浮かべるのだが、それを英訳しようとすると、一筋縄では行かない。

この場合であれば多少ニュアンスが伝わらなくても本書の本質を損なうものではないが、できれば“羽生名人の偉ぶらない人柄”を訳文に盛り込んでほしいところだ。また原文の含意を直接訳文に移すことができない場合でも、そのことを承知の上で訳している場合とそうでない場合は、翻訳全体の質が違ってくる。たとえば、「羽生名人の偉ぶらない人柄」という要素を他の箇所で補訳することも可能となる。

翻訳は地雷原を歩くようなもの―持っている地図(知識・準備)によって、地雷を踏む(誤訳する)可能性は異なってくる。本書には、将棋を知らないと踏んでしまいかねない地雷が少なからず存在する。注意してほしい。

いずれにせよ、翻訳文はネット上で公開し、Wikipediaのように編集を自由化するプランであるようなので、文章のブラッシュアップはこれからも可能ではあるが、最初に公開する翻訳文が良ければ良いほど、後の修正も楽であり、なによりも出発点のレベルが高ければ到達点もまた高くなる。

明日からの名人戦第3局の期間中に公開したい意向のようだが、時間を急ぐあまり質をおろそかにすることがないよう希望する。

ブログのプロフィールによると、shotayakushiji氏は私の息子と同年代のようだ。翻訳プロジェクトを立ち上げる決断、翻訳作業のスキーム構築、短期間で終了させようという積極的姿勢などなど、そのフットワークの小気味よさにはまさに若さを感じる。また、氏の呼びかけに応じて、厳しい翻訳作業を完遂したメンバーの方々の情熱に驚くと共に拍手を送る次第である。

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コメント

この翻訳、なんだか勢いが作業仲間間で連鎖反応したような気がします。

今、アメリア掲示板の定例トライアル2月号の話題に注目しています。アメリアおよび審査員のコメント等は期待できないでしょうけど、原文の本当に意図するところが知りたいです(成績より中味に興味あるということで)。ITってちょっと目を離すと新しいことがニョキニョキ出てくるのですよね。。。

投稿: pompon | 2009年5月 7日 (木) 07時01分

>定例トライアル2月号の話題

私は会報をほとんど読まず、比較的すぐに処分してしまうので、原文や模範訳を
確認していませんが、掲示板に投稿された内容から判断すると、あの模範訳は
いただけませんね。定例トライアルに真剣に取り組んでいる人たちに失礼だと
思います。
以前、定例トライアルの模範訳や解説文に不適切なところがあり、掲示板には
投稿せず事務局に直接メールを送ったことがありました。事務局からは「善処
します、対処します」的な内容の返事がありましたが、その後も何度か、「これで
模範訳はないだろう」と思う例がありました。
もう少し出題者の質を上げることが必要ではないかと思います。

投稿: Jack | 2009年5月 7日 (木) 23時19分

> 私は会報をほとんど読まず、比較的すぐに処分してしまう

封を切らずに処分する方もいらっしゃるのですよ。(結局、退会されました~) アメリアも実態が見えてくると離れる方が多くなる可能性ありでしょうか。

> 事務局からは「善処します、対処します」的な内容の返事

事務局はこうしか応えられないでしょうね。トライアルの審査員のかたは、同時にフェローの講師をされている方も多いです。今、フェローのマスターコースを取っていて楽しく学んでいます。それが終わったら、この2月号出題者の方の講座受講に挑戦しようかと思っていたのですが… 

Jackさん、エントリーの内容と話題がそれてしまいました。ごめんなさい。

英訳は和訳より難しいと私個人は思います。昨秋、いくつかしましたけど、できれば断りたかったです。会話するのも大変なのに、書くのはもっと大変です。仏訳もとんでもない!です。このエントリーのプロジェクト、読み応えのある英訳ができあがると良いですね。

投稿: pompon | 2009年5月 8日 (金) 00時44分

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