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2009年5月13日 (水)

取材と学習

今、“取材”とは「発表(プレゼンテーション)を前提とした情報の取得」とし、“学習”とは「発表(プレゼンテーション)を前提としない情報の取得」と定義しよう。

何年か前にこことは違う別のプロバイダーでブログを始め、またある翻訳者向け掲示板に週1回雑文を投稿するようになって、書く材料がまたたく間に払底してしまうという経験をしたことがあった。

書き続けるためには、当然のことながら新たな情報を仕入れなければならない。ブログや掲示板への投稿を前提としているので、それは上に言う“取材”に当たる行為である。

実際に“取材”を行ってみると分かることだが、特定の情報をピンポイントで探し出すというのは、ネット検索が進化した今でも時間がかかるものである。たった一つの言葉を調べるために何時間も費やすことさえある。毎回そんな時間をかけているわけにはゆかないので、いきおい発表を前提とする“取材”では情報の取得を効率的に行うことが必要となる。

テーマを絞り込み、それが属する分野の概要をつかみ、そこから自分の書きたいテーマに焦点を合わせて、なるべく深くそして広く情報を収集する。そのテーマに詳しい人に話しを聞くこともある。勿論、その過程における情報の咀嚼・理解は欠かせない。

そうして得た情報を整理し、取捨選択し、文章なりその他の方法によって発表する。プレゼンテーションの後、取材した情報は基本的には保存しておく必要はない。また忘れてしまうことも少なくない。プレゼンテーションという目標を達成しさえすれば、取材で得た材料はとりあえず用済みとなる。

これに対して“学習”は当座において発表(プレゼンテーション)を予定しないため、効率を意識しないでよい。気に入れば一つのテーマを時間をかけて掘り下げるもよし、途中で気づいた、それまでとはまったく異なるテーマへと寄り道するのも自由だ。

ただそうは言っても、“取材”で得た情報を探し出し、吟味し、まとめる技術は、学習においても有用であり、学習結果の向上に結びつく。

毎日ブログを書いていると、時として、何も書くことがない或いは無理矢理話題を見つけ出し書く、といったことがないわけではない。何の義務もないのだから、そんな風に書くことを自分に強いる必要はないのだが、“強いる”ことがもたらしてくれるものもある。

“強いる”ことで、従来であれば気づかなかったようなこと、見過ごしてしまっていただろうことに気づき、目が届くようになる。そのため、ブログを書き始める前に比べると、今の生活の方が色や香、音などが豊かになっている。

以前の生活が数色で描かれた絵だったとすれば、今その色数は圧倒的に増えた。

ただし“取材”であれ“学習”であれ、一方に偏るのはよくない。“取材”に偏すれば、薄っぺらな借り物の言葉でしか語れなくなるだろう。“学習”にのめり込めば、人には通じない、独りよがりの文しかつづれなくなる。

“取材”と“学習”--やがてはそれが渾然一体となるのが理想なのだろうが、読んでもらうに値する文を書くため、まだ当分は意識的に使い分けて行くことにする。

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