« 孔子の誕生日 | トップページ | 死刑と無期懲役の差 »

2009年9月29日 (火)

「優勝はまぐれ」の“品格”

大相撲秋場所千秋楽(9月27日)、優勝決定戦で白鵬を破った後、朝青龍が土俵上で両手を高々と上げ館内の歓声に応えたのを見て、テレビ解説の北の富士が「土俵を下りてからやってほしかったな」とつぶやくように言った。

それを聞いて、「これはまたひと波乱あるな」と思ったのだが…。

案の定、横綱審議委員会の委員がこの朝青龍の“ガッツポーズ”に噛み付いた。委員の1人である脚本家の内館牧子氏は朝青龍が優勝したことがよほど癪に障ったようで、「(優勝は)まぐれだ」と発言したらしい。

これは以前にも書いたことで繰り返しになるが、今の大相撲を「国技だ」、「神事だ」ということ自体が時代錯誤であり、現実を虚心坦懐に見ればあれが「プロスポーツ」であることは明白である。

ただ「プロスポーツ」としての集客メカニズムとして「国技」や「神事」のほかに、「伝統」、「文化」を活用しているにすぎない。また今の大相撲から、その「国技」や「神事」、「伝統」、「文化」といった要素を取り除いてしまったら、興行として成り立たなくなるのは事実で、相撲協会がそうした要素を頑なに守ろうとするのも理解はできる。

しかし日本人の相撲志願者が減る中でトップクラスの才能を確保しにくくなり、やむなく海外に才能を求めざるを得ない現状で、外国人に日本の伝統や文化、さらには「国技」や「神事」を支えさせるという矛盾、無理にそろそろ気づくべきだろう。

彼らのほとんどが10代半ばまで日本の伝統文化を知らずに育ってきたのであり、そうした人間に日本人の間でさえ知識・認識が薄れてきている伝統文化を教え、あまつさえ「神事」などという信仰めいたコンセプトを理解させるには、相当に確固とした教育体制が必要であり、果たして相撲協会にそこまでの用意、覚悟があるかとなると大いに疑問である。

また横綱審議委員会というのもよく分からない存在で、彼らは横綱たるに相応しい力士を協会に推挙することが役目なのではないだろうか。自分たちが相応しいと見込んだ横綱が自分たちの意に沿わない行動を取ったからといって、全力を振り絞って勝ち取った優勝を「まぐれ」だとこき下ろすようでは横綱審議委員としての“品格”を問われようというものである。

|

« 孔子の誕生日 | トップページ | 死刑と無期懲役の差 »

スポーツ」カテゴリの記事

コメント

> 脚本家の内館牧子氏は朝青龍が優勝したことがよほど癪に障った

この方の活躍は私が日本を出てからが目覚ましいのですが、テレビドラマ「ひとりでいいの」は主演の沢口靖子さんはじめ、出演者の方々が魅力たっぷり演じていて、文庫本まで買ったのを覚えています。
でも横綱審議委員という立場では個人の感情はあまり出してほしくないですね。

> 彼らのほとんどが10代半ばまで日本の伝統文化を知らずに育ってきたのであり、そうした人間に日本人の間でさえ知識・認識が薄れてきている伝統文化を教え、あまつさえ「神事」などという信仰めいたコンセプトを理解させる

私自身は、伝統的な習い事など無縁に育ったので、「日本に育っただけ」の日本人だと思ってますが、国外で暮らしてみると自然に身に着いた考え方や身のこなしが「日本的」または「西洋とは違う」と気付かされます。また自身が移民であり、移民受け入れに歴史のある国にいると、受け入れる側にも準備体制(制度、教材、心)があり、またそれの改善を繰り返しているのが目に見えます。ただ日本のように移民を受け入れる歴史が浅い国は、日本人ならば自然に身に着くこと、着かないことの認識をすることさえ考えつかないのが普通かもしれません。翻訳者という職業柄、Jackさんは文字を通じて外国文化に触れてらっしゃいます。外国の文献を日本語で読んでいる多くの日本人よりも文化の違いを身近に感じていらっしゃるからこういう意見が出てくるのでしょう。

話が変わりますが、
アメリアで久しぶりにJackさんの名前をみてほっとしました。個人事業者は、翻訳者に限らず取引先と問題が生じた場合ひとりで対応しなければならず、時には厳しいこともあります。今回の方は、先の横綱審議委員ではありませんが、パラノイア状態というか、積み重なったものがあったのと、助けの求め方が違っていたのではないかと感じました。精神的にまいってらっしゃるのではないかと察しましたが、才能ある翻訳者=経営者とは限りませんし、いいお仕事をされて対外的信用の回復と同時にご自身の回復を祈りたいです。また掲示板は、、、Jackさんが「メル友サーチ800名突破!」と書かれたのはもう2年前ですか。今は1000名を越えています。せっかくの交流の場です。もっと冗談も書ける場であってほしいですね。

投稿: pompon | 2009年10月 1日 (木) 00時23分

私も内館さんほどではありませんが相撲が好きです。大相撲も基本的には、衣装や所作、規則などなど、概ね今のままでよいと思っています。また「伝統」「文化」「国技」「神事」を基本コンセプトにしたマーケティング手法(?)も致し方ないでしょう。ただ、そんな「日本的なもの」を外国人に背負ってもらっているという矛盾に目をつぶっている協会や横審に大きな疑問を感じているのです。「伝統」「文化」「国技」「神事」という基本コンセプトをこれからも維持して行こうとするなら、教育・研修体制にもっと本腰を入れるべきでしょう。そうでないと、第二、第三の朝青龍が出てくるおそれがあり、その時問題になるのは土俵上のガッツポーズ程度ではすまない可能性があります。それは「朝青龍たち」にとっても、ファンにとっても、大相撲にとっても決して望ましいことではありません。
日本は外国文化の取り込みには長けているのですが、外国人の受け入れは苦手なようですね。

アメリア掲示板の件は、どなたかが書いてましたが、この頃はぎすぎすした内容の投稿ばかりが目立ち、読む気にもなれなかったというのが本当のところです。率直に言って年1万5000円程度の会費で、「仲裁」までやってくれと言われたら、アメリアもこまるでしょうし、なんでもかんでも「他人頼み」の風潮も気になるところです。

pomponさんは一人で海外に行かれ、生活している方ですからお分かりだと思いますが、依頼心の強い人間というのは海外生活には不向きでしょう。同様にフリーランスという生き方も、依頼心とは対極に位置するものだと思っています。もちろん、私もそうですが、人間は弱いものですから誰かに助けを求めたくなることはあります。でもそこには自ずと程度、節度というものがあります。

そうですか「メル友サーチ800名突破!」は2年前でしたか。いや、今でもあのカウンターは見てるんですよ。なにしろ、筒井康隆『虚構船団』では、「カウンター」という登場人物(?)が一番気に入っていたぐらいですから^^

投稿: Jack | 2009年10月 2日 (金) 09時27分

お相撲は亡くなった大叔父が大好きでした。まわりが振り回されるくらい(o^-^o)
その後、若貴のデビューでちょっと年下の方たちが黄色い声をあげてましたが、私はやっぱり年上の方が。
日本に行ったフランス人の友だちの方が大相撲は詳しかったです。

> 依頼心の強い人間というのは海外生活には不向きでしょう

考えてました。どうかなぁって。私は依頼心の固まりみたいな人間ですから(^-^;
たぶんここの人は助け合い精神が、日本人のそれとは違うけれど、旺盛かもしれません。まわりに移民も多いですしね。私みたいに自分で希望して移民した人ではなくて、戦争や政治的理由で、着の身着のままでやっとたどり着いたという移民です。

> 「メル友サーチ800名突破!」
の書き込みは、正確には2007年5月でした。
「カウンター」って、、、只今、私はホテル業で、受付の「カウンター」の内側で仕事しております。よくお世話になってるんです(o^-^o)

投稿: pompon | 2009年10月 5日 (月) 12時09分

受付の「カウンター」の内側で「カウンター」を使ってるんですか?

カウンター=数取り器、実は私も持っています。この頃は使わなく
なりましたが、14、5年前までは、紙で送られてきた翻訳原稿の
ワード数をあれでカチャ、カチャと数えてました。今と比べると、
隔世の感がありますね。

投稿: Jack | 2009年10月 6日 (火) 00時27分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/220529/46347636

この記事へのトラックバック一覧です: 「優勝はまぐれ」の“品格”:

« 孔子の誕生日 | トップページ | 死刑と無期懲役の差 »