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2009年9月14日 (月)

ブログの後始末

人はいつか死ぬ。それがいつか、あらかじめ分かっていれば自分なりの“けじめ”をつけて退場することもできるが、事故など突然のケースでは後事はすべて人に任せるしかない。

まあ死んでしまったら、あとは「関係ねえ」と開き直ることもできるが、それでも一つ気になっているのがこのブログの後始末。

ココログには、死亡したブロガーに代わってその旨を告知するといったサービスはないようで、自分で何らかの手立てを講じておくしかなさそうだ。

世の中にはひとり暮らしで亡くなった人に代わって、火葬・納骨などを行ってくれるサービス、遺品・家具などの後片付けをするサービス、関係する人たちに死亡通知や手紙を送ってくれるサービスなどといったものがあるが、ブログに死亡告知を掲載して閉鎖してくれるというサービスはない。

ブログのことを知っていて、またエントリーの作成方法も分かっている者が家族にいれば、それで問題は解決するだろうが、私の場合はそういう存在がないので、何か有効な方法はないものかと考えていた。

一つの方法として、ココログにある“公開日時を指定”という機能の利用が考えられる。これは指定した日時にエントリーを公開することができるもので、たとえば、自分の訃報を作成しておいて公開日時を10日ほど先に設定しておけば、万一のことがあっても、少なくとも10日後にはここに「先日、Jackは死亡しました」と告知されることになる。

ただ、この方法は面倒くさがりには少々不向きだ。それと日時の更新をうっかりすると、死んでもいないのに死んだことになってしまう。

そこで私のブログに関しては、“何の断りもなく更新が10日間途絶えたら死亡したものと思っていただきたい”ということにする。

本当は死んだ後も、“死ぬってどんなことか”をテーマにエントリーを書きたいのだが、さすがにそれは叶わぬ事ゆえ、せめて“END”マークだけはきっちりと押して消えて行きたいと思っている。

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コメント

> “何の断りもなく更新が10日間途絶えたら死亡したものと思っていただきたい”

私の場合、10 日間くらいの無更新は珍しくないので、この手は使えませんね。
事実、ブログを開設してからすでに 2006 年と 2009 年の入院で無更新が続きました。2006 年のときは病気の性質上、事前に告知するのが憚られました。今年は、不慮の事故で即入院でしたから、告知の暇もありませんでした。

> 本当は死んだ後も、“死ぬってどんなことか”をテーマにエントリーを書きたい

幽霊ブログ。話題騒然、アクセス殺到まちがいなしですね。

投稿: baldhatter | 2009年9月15日 (火) 08時37分

実はこのエントリーを書いているとき、baldhatterさんのことが頭をよぎりました。
私が知っているだけで3度の入院。2006年の時は存じ上げなかったのですが、
今年の場合は一時、本当に心配になりました^^; ま、杞憂ですんでよかったのですが、
それでもbaldhatterさんには奥さんがいるから、万一ご本人が更新できなくなっても
最終的には奥さんが何かメッセージを発信されるだろうと思っていました。
私の場合はそんなことを頼める妻がいませんので、こんなエントリーを書いた次第です。
あ、Twitterの方も見てますよ。あっちではあんまり返事してませんが、他意はあり
ませんので、ご了承を。

投稿: Jack | 2009年9月15日 (火) 12時10分

Jackさん、縁起でもない。びっくりさせないでください。心臓に悪いです。
このブログを読む限り、不治の病や重病を抱えてらっしゃるフシはないですし、まだまだ学生のお子さんもいらっしゃるのだからがんばっていただかなくては。
10日は短いですよ。事故で意識はあって治ることがわかっていても、体が動かなくてパソコンに近づけなくなることもあるでしょう。このごろモントリオールにいらっしゃった奥田瑛二さんのブログを探したら、約一年更新されず、その後も3カ月音沙汰なく、モントリオールでも数日書いて尻切れトンボ。この方の場合は、やる気の問題みたいです。Jackさんだって「飽きる」ことがあるかもしれないですし。
きっとそのうち家族の方がブログの書き方に精通されるかもしれないし、それなりのサービスが出来上がるかもしれないし。
まだまだいろんな話題を語っていただかなければ。それにパーティの連載はまだ終わってないですよ。

投稿: pompon | 2009年9月15日 (火) 12時12分

pomponさん

いやあ、驚かせてしまいましたか、それは申し訳ない。
ちょっとマジメな話になりますが、「死」に関して私は(戦争の体験がない
わりに)至極身近な存在に感じています。つまり「誰でも死ぬ」という
厳然たる事実があるってことですね。
妻以外にも近親者を6人亡くしているので、こんな考えを持つようになった
んだと思います。
もちろん、「今死んでもいい」、「いつ死んでもいい」なんて悟ったような
思いはありませんので、まだまだ頑張るつもりです。

>10日は短いですよ。

そうですかあ・・・。このあたりのこと、もう一度考えてみます。

投稿: Jack | 2009年9月15日 (火) 12時27分

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