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2009年11月22日 (日)

プロ将棋界の「コップの中の嵐」

現在、プロ将棋棋士が所属する団体は2つある。日本将棋連盟(以下、連盟)と日本女子プロ将棋協会(以下、LPSA)である。

2007年5月まで、プロ棋士の団体は連盟だけだった。女性棋士もプロは全員、連盟所属だった。しかし、「奨励会通過者だけをプロ棋士として認める」連盟において、奨励会通過者がいない女性棋士の立場は甚だ弱く、社団法人である連盟の社員(正会員)にはなれず、総会への出席・投票権・理事への立候補権は認められていない。そうした待遇への不満と、米長邦雄連盟会長らの後押しもあり、女性棋士たちは連盟からの独立を目指すことになった。2006年のことである。

しかし、女性棋士たちが新たな団体を立ち上げて、新規プロジェクトの計画を発表した頃から、米長会長以下連盟理事会が女性棋士の独立に反対するようになり、女性棋士に対して独立を思い止まるよう猛烈な“切り崩し工作”が行われた。その中には、“卑劣”、“非常識”とまで言われるような行為もあったと聞く。

結局、56名いた女性棋士の内、連盟から脱退独立したのは17名だけで、39名が連盟に残ることになった。17名の女性棋士は『日本女子プロ将棋協会(略称LPSA)』という新たな組織を立ち上げ、既存の棋戦(女流名人戦、女流王位戦、女流王将戦、マイナビ女子オープンなど)に関しては従来通り、連盟に残留した女性棋士たち同様に参加することを認められ、その一方でLPSA独自の棋戦や活動を開始した。

だが、その脱退独立の動きの中で、連盟理事会や残留女性棋士とLPSA所属女性棋士との間に少なからぬ軋轢が生まれ、それが尾を引くことになる。

そして今年3月、LPSAのIT関連業務を引き受けている、フリーランスのネット中継記者松本博文氏が毎日新聞社の委託を受け、連盟所有の日本将棋会館内において順位戦のネット中継業務を行っていたところ、連盟理事によって無理矢理会館外に退去させられるという事件が起こった(参考)。

これに対してLPSAは名誉理事長で弁護士である錦織淳氏名義で「緊急声明」を発表。松本氏の即時業務復帰を強く求めた。その後、松本氏はホテルや旅館などで行われるタイトル戦のネット中継業務には復帰したものの、将棋会館で実施される順位戦等に関しては会館への立入りが認められず、現在もなお業務復帰は成っていない。

そのほかにも、ある将棋イベントで大盤解説の聞き手役に決まっていたLPSA所属の女性棋士が直前になってその任を解かれたり、LPSA顧問であった鵜川善郷氏が自身のブログで公表したところによれば(参考)、民間のボランティアが主催する将棋大会に関連して横槍が入ったりと、連盟からの様々な「妨害」(LPSAを支援する人たちの主張)があった。

そうした状況の中で、連盟会長の米長氏は個人のホームページ上で、LPSA向けに多種多様なメッセージ、質問を発し続けてきた(参考)。その中には、書き手の見識を疑うような文言や意味不明な表現、或いは誹謗中傷と紙一重の文章もあり、率直に言って「プロ棋士の組織の長としてこれはあんまりではないか」と思えるものが少なくなかった。

また連盟の公式ホームページでもLPSAへの質問、抗議、提案等が発表された(参考1参考2参考3参考4)。ただそのいずれもが客観的事実の記述を欠いており、当事者や関係者であれば理解できるのだろうが、我々のような一般の将棋ファンには隔靴掻痒、誠に分かり難い内容となっている。

一方、LPSAの方は上記「緊急声明」の後は、コンプライアンス担当理事庄田育夫氏が「日本将棋連盟の「会長の提案」に関わる弊協会の見解について」という一文を(09年)10月1日に出しただけで沈黙を続けてきた。連盟の多弁ぶりに比べると、「何でそこまで我慢するのか」と、あまりの受身一辺倒に、連盟に対するのとは違う質の違和感を覚える寡黙ぶりだった。

以上の状況・流れから、風聞・仄聞に頼るしかない一将棋ファンとしては、「連盟の方が何かとLPSAに対して仕掛け、LPSAの方はそれを耐えている」という印象を受けた。もう少し有体に言えば、「連盟加害者、LPSA被害者」であろうか。

こうしたもめ事に関連して、2チャンネルやWEB駒音では、いわば“連盟派”と“LPSA派”に分かれての激しい論戦が繰り広げられていることも付記しておく。

そして、今回の「共同声明」である。

                               合意書

社団法人 日本将棋連盟会長 米長邦雄(以下連盟という)と、一般社団法人日本女子プロ将棋協会代表 中井広恵(以下LPSAという)は、以下の項目について合意した。
 
第一:連盟とLPSAは、日本の伝統文化たる将棋界の隆盛を願い、互いの団体に敬意を払いつつ互いに独立性を保ち、共に切磋琢磨するものとする。両者は友好団体であることを確認する。
 
第二:連盟とLPSAは、過去の経緯やトラブルは不幸な出来事として、今後繰り返さない。
 
第三:連盟とLPSAは、両者のどちらかが誹謗中傷等攻撃を受けた時は、スクラムを組んでこれに立ち向かい解決に協力する。
 
第四:連盟とLPSAは、連絡協議会を発足させ、両団体の運営における問題案件については誠意を持って話し合い、万が一トラブルが起きても法的手段をとることは極力避け、話し合いによる解決へ向け最大限の努力をする。
 
第五:連絡協議会については、連盟二名・LPSA二名・第三者の立会人一名、書記一名により構成し、当面は月に一回開催する。
  
上記各項目について 連盟とLPSAは異論なく合意した事を確約し、その証として、本書三通を作成し各自記名押印する。

                                                           平成21年11月17日

                                社団法人 日本将棋連盟           会長 米長邦雄   印

                                一般社団法人 日本女子プロ将棋協会  代表 中井広恵    印

上記が発表された全文であるが、一言でいって奇妙な文書である。

まず前文に当る箇所で、「社団法人 日本将棋連盟会長 米長邦雄(以下連盟という)と、一般社団法人日本女子プロ将棋協会代表 中井広恵(以下LPSAという)は…」と、まるで米長氏と中井氏両者間の個人的合意のような書き出しになっている。連盟とLPSAという2つの団体間の合意であるなら、ここは「社団法人日本将棋連盟(会長米長邦雄、以下「連盟」という)と、一般社団法人日本女子プロ将棋協会(代表中井広恵、以下「LPSA」という)」と表記するべきだろう。

「第一」はよい。だが「第二」はつまり、これまでのことは水に流そうということで、先ほどの「連盟加害者、LPSA被害者」という認識に立つなら、一方的に連盟にとって都合のよい話である。

さらに「第三」は、「集団的自衛権」とも言えるような規定で、LPSAは、“これまでLPSAを擁護、応援し、連盟を批判、非難してきた人たち”を敵に回すことになりかねない。

そして最後の「その証として、本書三通を作成し各自記名押印する」の部分。この合意書の署名欄には日本将棋連盟米長会長と日本女子プロ将棋協会中井代表の名前しかない。本合意書の3番目の写しは誰のためのものか。

或いは、「連絡協議会の立会人」がその第3の人物で、その人選はこれからということだろうか。であるなら、その旨を明記するのが当然だろう。

これまでの連盟発信の文書同様、この合意書も部外者には意味不明なところが多々あり、これまた従来通り、一般将棋ファンへの説明はない。

さて長々と書いてきた日本将棋連盟とLPSAの確執だが、この件について私はコップの中の嵐にすぎないという見解である。或いはプロ将棋をとりまく情勢を無視し、または理解していない愚行の連続とも…。

まず(世界とまでは言わないが)、日本人の大半はプロの将棋棋士なんて存在すら知らないだろう。羽生善治や谷川浩司、渡辺明の名前ぐらいは聞いたことがあるかもしれないが、野球のイチロー、ゴルフの石川遼、サッカーの中村俊輔といったスポーツのプロに比べたら知名度、その実態の認識度などは雲泥の差がある(たとえば、羽生名人をはじめとするトッププロ棋士の年収がどれくらいかご存知の方はほとんどいないだろう[参考])。

女性のプロ棋士に至っては、「えー、女性の将棋プロなんているのぉ!」というのが大かたの反応に違いない。

それでも(ある調査によれば、小中学生の)男子の30%ぐらいは将棋を指せるし、「知能の発達に有効だ」という風評も手伝って、女の子でも将棋を指す子はいる。実際(知能の発達に効くかどうかは分からないが)、将棋を憶え指すようになって、行動に落ち着きが出てきたり、物事をよく考えるようになったなどという話はよく耳にする。それよりもなによりも、将棋は分かりやすく、面白く、奥が深く、一生楽しむことができるゲームである。

その将棋を指す人口が確実に減っている。また日本の人口自体も減少している。未曾有の世界的不況である。プロの将棋を支えてきた新聞社の経営基盤もゆるぎ始めている。このままの状態が続き、進行していき、何ら有効な対策を講じなければ、やがてプロ将棋は成り立たなくなる。

将棋ファンとしては、人智を超えたような羽生の将棋は見たい。天才と言われるプロ同士の高度な対局を観戦したい。できれば、常人とは隔絶したそうしたプロ棋士の技芸を世界の人たちに知ってもらいたい。

しかし一方で、プロ棋士がいなくなっても我々の生活に何ら支障はない。新聞から将棋欄が消え、日曜日のNHKの将棋番組がなくなるだけである。私のような将棋好きにしても、プロ棋士がいなくなったからといって特段の痛痒は感じないだろう。プロがいなくても、将棋を楽しむことはできるのだから。

そう、将棋のプロとは(興行に依拠するプロ全般に言えることだが)そんな脆い基盤の上に成立しているのである。だがそのことをしっかりと認識しているプロが果たして何人いるのか。「コップの中の嵐」を続けている内にファンが嫌気を感じ、“プロ将棋離れ”が生じたら、経営の苦しい新聞社は合理化の一環として紙面構成の見直しを考えるようになるだろう。

将棋に“大局観”という言葉がある。個々の局面や目先の優劣ではなく、将棋全体の流れや勢いといった大きな趨勢をとらえ的確に判断する能力であり、いわば「未来の情勢を正確に判定する力」である。

個人的な諍いや組織としてのメンツ、当座の損得勘定などにとらわれていては、プロ将棋という制度全体の未来を見誤る可能性がある。連盟もLPSAも、執行部はそうした“大局観”に基づいて、的確、適切な手を講じて行くべきだろう。また執行部に多くを期待することができないのであれば、棋士たち自身が立ち上がり、行動を起こすべきだろう。

今回の「合意」が果たして実効あるものとなり、プロ将棋界が“一丸”となって、現行の厳しい状況に立ち向かって行けるのか―私は少々悲観的である。それは、これまでに起こったことに対する明確な解決・総括が等閑にされているからである。「コップの中の嵐」はまだまだ続くだろう。心配なのは、この「合意」を機に、それが一般ファンには見えない“暗闘化”して行くことである。

「コップの中の嵐」とはいえ、ファンはしっかりと見守っていることをプロ将棋関係者は忘れないでほしい。

【09.11.24一部訂正の上、加筆しました。】

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