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2010年1月 3日 (日)

センチメンタルジャーニー Online

昔、小・中学生の頃住んでいた都内のある場所 ― その地に今も住んでいる親戚からの年賀状は住所が新しくなっていた。

そこは私が子どもの頃に寿司屋の出前のアルバイトをしたことのある場所であり、直ぐ近くには母方の大叔父の一家が住んでいた。その大叔父の家も今では代が替わり、娘さん(私の母の従妹)の家族が住んでいるのだが、その人からのハガキに「直ぐ近くに引っ越しました。場所は以前の××寿司があった所で、そこに小さな家を建てました」とのメッセージ。

そうか、あの寿司屋もなくなってしまったのか。寿司屋のオヤジさんが今でも健在なのかどうかは分からない。が、いずれにせよ相当の年齢で、とうに引退していることは間違いない。また、寿司屋には私より1歳下の娘さんがいて、その旦那さんが結婚後に会社務めを辞めて寿司屋を継いだと噂で聞いたこともあったが、たとえそうであったとしても、その人とておそらく60台半ばになっているはずで、店を閉めたのは不思議なことではない。

では今、あの辺りはどんな風になっているのか。急にこの目で確認したくなった。そこで思いついたのがGoogle Street View。

世界地図から日本、東京、23区…と、どんどんと絞り込んで行き、やがて目的の場所にたどり着く。カメラマークをクリックして、道沿いの建物を確認する。寿司屋の建物はまだ残っていた。ただし、寿司屋であることを思わせる看板や暖簾などは一切なく、人が住んでいる気配も感じられない。

その直ぐ近くにあった大叔父の家を確認すると、(当然建物は昔とは違っていたが)そちらはまだあった。どうやら、Street Viewの写真が撮影された時点で、寿司屋は閉店してはいたものの、まだ取り壊されてはおらず、その後、新たな家に建て替えられ、親戚の一家が引っ越したということのようだ。

懐かしさにつられて、少し周辺をめぐってみた。そば屋だった所はコインパーキングになっていた。近所でも有名だった大きなお屋敷は低層マンションになり、床屋は普通の住宅に変わっていた。魚屋もなくなっている。住宅街にぽつんと残されていた畑も姿を消していた。八百屋と肉屋はあった。将棋のプロ棋士が住んでいた家もなく、銭湯はビルになっていた。

友だちと夕方暗くなるまで遊んだ路地は道幅はそのままに舗装されていた。その路地にあって、私が小学生の時に亡くなった姉の最後の写真撮影の場所となった(当時は)真っ白な塀が印象的だったアパートは、名前も当時のまま残っていた。

そうした、PCの小さな画面に映し出される懐かしい場所を見ながら、「ここが自分にとっての故郷なのだろうか」と考えた。6歳から15歳までのわずか10年足らずを、母と姉と兄の4人で暮らしたこの場所が私の「故郷」なのだろうか。懐かしさは、ある。でも…故郷とは違うような気がする。それは、最後は決して望んで離れたわけではないことにも大きな原因があるのかもしれない。

遠く離れた場所の今を見せてくれるテクノロジーの威力をあらためて感じると共に、あまりに簡単に「遠くにありて思ふ」べき地へと戻れてしまうことに、テクノロジーの軽薄さといったものも感じられ、少し苦い思いを覚えつつStreet Viewを終らせた。

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