« グラスターと「てなもんや三度笠」 | トップページ | 「おれにつけても…」 »

2010年2月19日 (金)

国母騒動:オリンピック選手の服装

Photo バンクーバー五輪のスノーボードに出場した国母和宏(こくぼ・かずひろ)選手の服装問題が話題になっている。

こんな人まで取り上げていて驚くと同時に、たぶんこの国は平和で幸せな所なんだろうなとも思った。

まず結論めいたことから言ってしまうと、制服の着方で処分は行き過ぎだと思う。もし国母選手を処分するのであれば、彼をオリンピック代表に選んだ人たちも処分されなければならないだろう。

服装の好みや傾向などというのは、その人間をちょっと注意して見ていれば直ぐに分かることであり、国母選手もおそらく普段からああいう着方をしていたはずで、服装を重視するのであれば、彼にはあらかじめ注意しておくべきであったし、注意してあったにもかかわらずあの格好をしてきたのなら、その場でさらに厳重に注意するべきだったろう。それを怠ったことが今回の問題へとつながっている。

ただ国母選手にも、オリンピック代表としての意識に欠ける点があった。オリンピックに出場するには高い競技力が必要なのはもちろんだが、その国の国内オリンピック委員会(NOC)の許可を得なければならない。日本のNOCである日本オリンピック委員会(JOC)は国家予算をはじめ、スポーツ振興くじなどからの補助を受けている(参考)。

そうした公的資金を受けている組織が派遣する代表の一員に選ばれ、自身もそれを受諾した以上は、その組織の方針に従う義務も生じてくる。公的イベントに参加する者だけに与えられる公式スーツ(=制服)を着用するのに“個人の嗜好”が無制限に許されるものでないことも自明だろう。ユニフォームを着るということは、それを設定した組織や団体に(一時的なりとも)帰属し、その方針やルールを遵守することに同意したことを意味するからである。そうした帰属や遵守が嫌なら制服を着なければ良い。制服を着ないことで参加資格を剥奪されるなら、その覚悟もした上で着用を拒否するべきだろう。

現在のオリンピック選手は、国を代表して参加しているのだから(表彰式では、「Representing Japan, Kazuhiro Kokubo!」と呼ばれることになる)、やはり国の代表(それは「公人」に準じる立場に当たると思う)としての自覚が必要だろう。

と、大上段に構えて述べてはみたが、私はこの問題の本質は「若気の至り」だと思っている。国母選手にしてみれば、“いつものように服を着ただけ”で、それが何故いけないことなのか分からなかったに違いない(今でも分かっていないかも知れないが)。推測ではあるが、中学、高校では制服をあんな風に着るのが当たり前だったのだろう。

「公的な場で公式の服装をするときには、着くずすことはせず、ネクタイをきちんと締め、シャツを中に入れ、ズボンは上げろ」と注意する指導的立場の人間が1人いれば済んだ話である。彼とて、たとえば大恩ある人の葬儀にシャツを出し、腰パンでは参列するまい。

ところで、私は彼がオリンピックを軽視するような発言をしている点の方が気になる。本当にオリンピックに価値を見出していないのなら、黙ったまま出場しないのが、オリンピックに出るために人生のすべてをかけて精進努力している他の選手たちへの礼儀だろう。オリンピックを軽視しつつ(そうした趣旨の発言をしながら)そこで勝つことで、自分の力を誇示しようなどと考えていたとしたら、とんでもない傲慢である。

服装とスノーボードということではもう一つ気になることがある。なぜオリンピックに出るほどのスノーボーダーたちでも、あのダボダボのウェア/パンツを着用するのだろう。その起源にストリートカルチャーの影響があったことは理解できるが、既にあのダボダボウェア自体が“規範”化してしまっている。あの服装が私には“反骨”よりも“従順”の証に見えてしょうがない。

私も着たことがあるので、着ていて楽なのは分かる。またスノボーはスキーに比べると、雪の上に腰を下ろす機会が多い。そこであのダボダボパンツの下には、プロテクターの役目も兼ねて、パッド入りのアンダーパンツをはく人は多い。と言うよりは、初心者はそうしないとお尻が痛くて冷たくてかなわない。

だが、オリンピック選手たちにそんな心配は無用だろう。あのハーフパイプという競技の優劣を決する要素が何なのか断言はできないが、ボードの滑走速度というのも要素として決して小さなものではないだろう。だとすれば、あのウェアは真剣に勝敗を考えた場合、マイナスの要素となる。

スキーのアルペン競技やジャンプ競技、或いはスピードスケートなどを見れば分かるが、スピードが決定的な要素となっている歴史のある競技ではウェアに関する研究も進んでいて、きわめて高度なレベルに達している。そこには機能の追求があるだけで“ファッション性”などという生ぬるい基準の入り込む余地はない(日本のスピードスケートのユニフォームを見れば、個人の嗜好などもまったく考慮されていないことは一目瞭然である)。

オリンピックの正式種目となってからまだ歴史の浅い(長野五輪が最初)スノーボードが競技として成熟して行くにつれ、あの服装も自ずと変わって行くだろう。

|

« グラスターと「てなもんや三度笠」 | トップページ | 「おれにつけても…」 »

その他」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/220529/47609222

この記事へのトラックバック一覧です: 国母騒動:オリンピック選手の服装:

» やはり恥さらしだった国母和宏 味方は反日メディアだけ [愛国を考えるブログ]
数多くの醜態で日本人の恥となった男、国母和宏。メダル候補と言われたが、天罰が下り8位。多くの日本人がその無様な痛々しい顔に喝采を送った。 さて、1日がたち、各種メディアも当然この件を報じている。ここでスポーツ紙を確認してみたのだが、面白い傾向が見て取れ..... [続きを読む]

受信: 2010年2月19日 (金) 19時26分

« グラスターと「てなもんや三度笠」 | トップページ | 「おれにつけても…」 »