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2010年3月 8日 (月)

英文契約書の「and/or」

年に20~30件、英語の契約書を訳している。この仕事に携わるようになって20年経つので、合計すると500件前後になるだろうか。

英文契約書の文・表現にもある種の“流行り・廃り”のようなものがあるようで、何かにつけ“in-depth”(「綿密な」、「詳細な」、「徹底した」といった意)という表現が使われた時期があった。また、例示する際の“including A, B, and C”という言い方も、この頃はさらに“including but not limited to A, B, and C”などと長々と書く場合が多いようだ。

長々とした表現と言えば、契約文には“made and entered into”や“null and void”などのように同じ意味の語を重ねる冗長な重複表現が頻繁に使われる。一説によると、イギリスで古代中世英語と古代フランス語の相互翻訳として使われたのが起源だとのことである。また、「万遺漏なきを期そうとする」契約文起草者の心理が反映された結果とも考えられている。

法律の条文もそうだが、起草時点では予想すらできなかった事態が将来発生したとき、そのことも契約文で規定し、肯定或いは否定しておきたい。そうした網羅的表現を心がけると、勢い冗長な重複表現になってしまうのだろう。

私個人の印象ではここ10年程で目だって使われるようになってきた“and/or”も、そうした用心深さの表れと言えるだろう。

例:
Company A shall comply with all applicable laws and/or regulations in the performance of its obligations hereunder, including the distribution of the product.

試しに昨年受注した翻訳の仕事(ファイル総数約300本)で、どれくらいこの“and/or”が使われているかを調べたところ、50本のファイルでこの表現が見つかった。

で、問題なのがその訳し方である。

(1) 「や」
実は日本語には「や」という並立助詞がある。

上記英文の訳例:
A社は、本件製品の頒布を含め、本契約に基づくその義務の履行において、関連するすべての法律や規則を遵守するものとする。

「や」は英語の“and”とも“or”ともとれる便利な表現なのだが、クライアント(翻訳の発注主)には契約文の表現として「や」を嫌うところもあり、私はあまり使わないようにしている。無論、契約文でなければ使用することに問題はないのだが、この“and/or”、契約文以外ではほとんど現れない。

(2)「~の一方または両方」
「A and/or B」と言う場合、その意図はどこにあるのだろうか。

「AもBも」と言いたいのなら「A and B」、「AかBか」であるなら「A or B」と書けばよいわけで、その2つ共に使っているということは、「AもBも」と「AかBか」の両方を含意したいのだろう。

その意図を翻訳文に反映させようとしたのが、「~の一方または両方」という表現である。

“You may buy A and/or B.”という文なら、「AとBのどっちかだけでも、或いは両方とも買ってもいいですよ」と意味である。

私は、契約文の翻訳ではこの表現を主として使っている。少々長くはなるが原文の意図を正確に伝えられるからだ。

(3) 「~の内の少なくとも一」
これは、例示される項目が3つ以上の場合に用いる訳し方である。

例:
If you have a printer, scanner and/or fax machine, ... 
プリンター、スキャナー、ファックスの内の少なくとも一を所有している場合…

という具合である。

また「~のいずれかまたは全て」という訳し方もあるが、これだと例示される項目が多くなった場合、英文ではあらゆる組合せが含まれるが、日本語としては「1個または全部」と受け取られかねない。

例:
If you have a PlayStation, PlayStation II, PlayStation III and/or Nitendo Wii ...
PlayStation、PlayStation II、PlayStation III、Nitendo Wiiのいずれかまたは全てを所有している場合…

上記日本文だと、「PlayStation IIとPlayStation IIIは持っているケース」は除外されるという解釈も不可能ではない。そうした誤解の芽は排除しておくに越したことはない。

なお、私が絶対に使わないのが「および/または」という表現で、この表現を使うことは翻訳者としての義務放棄に近いものだと思っている。

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コメント

and/or、IT のマニュアル/ヘルプでもよく出てきます。

契約書ほど厳密ではないことも多いので、その場合はたいてい「や」で済ませてしまいます。厳密に反映したいときは「~の一方または両方」か、それに近い表現。

> 「および/または」という表現で、この表現を使うことは翻訳者としての義務放棄に近い

自分からこう訳すのは論題ですが、でもこの訳し方を指定しているスタイルガイドとか既訳もなくはないという現実。あ、自分でカジュアルに書くときは和文中でも and/or ってそのまま使うことがあるなぁ。

例文:
もしご都合が悪ければ and/or 興味がなければ、スルーしてください。← ね、便利でしょ。

投稿: baldhatter | 2010年3月10日 (水) 15時54分

baldhatterさん

「続編」(?)を書きました。この表現、けっこう「歴史ある」ものだったんですね。
150年も使われてきたんですから、英語においては市民権を得ていると
判断して差し支えないようです。
便利といえば、ある大学の先生(アメリカ人)の論文で、「s/he」という表記を
見たことがありました。これ、「she or he」ということで、性別が判然としない、
或いは明確にしたくない、できないという場合の便宜的な書き方なんですね。
でも、ほかではあまり見たことがありません。

投稿: Jack | 2010年3月11日 (木) 13時02分

ITでもand/orはよく見ますが、ITあたりなら「や」が妥当ですね。
スタイルガイドで「および/または」を指定されているならもちろんその訳し方を使いますが。

しかしまぁ、難しいですね。

投稿: リオ | 2011年5月10日 (火) 18時09分

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