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2010年4月18日 (日)

41年ぶりの雪

昨日(2010年4月17日)東京に雪が降った。横浜も北部ではわずかではあるが降雪があったという。1969年4月17日以来41年ぶりのことだった。

1969年というのは、その前の68年に引き続きいろいろな出来事があった年である。中でもアポロ11号による初の月面着陸は人類史に残る偉業だった。また1月には東大安田講堂を占拠していた学生たちが機動隊によって強制的に排除され、この年東大は入試を中止した。

ウッドストックのロックコンサートが開催されたのも1969年だった。映画では『明日に向って撃て』、『イージーライダー』などの“ニューシネマ”が公開された。ビートルズが実質的に活動を停止した。

日本のGNPが世界第2位になり、沖縄返還が合意された。ベトナム戦争はいつ終るのか知れず、横須賀はもちろん、横浜や東京でも若い米兵の姿を見かけることが多くなった。友人の中に彼らから日本では手に入らない“洋モク”を安く仕入れ、赤坂のナイトクラブで売りさばく者がいた。彼はその稼ぎでロータリーエンジンの車を買った。後に知り合いになった男はこの年初めてLSDを体験したという。横須賀基地内でのことだったと言っていたが真偽のほどは分からない。

やがて『二十歳の原点』で知られるようになる高野悦子が自殺し、連続射殺事件の犯人で手記『無知の涙』を著した永山則夫が逮捕された。奇しくもこの2人は同じ1949年生まれだった。アメリカではチャールズ・マンソンを信奉する者たちによるシャロン・テート殺害事件が起きた。

今思うと世の中の空気がざわついていて、触れると弾かれそうな緊張があった。その1969年の春4月に雪が降った。当日私は体調をくずし寮の部屋で寝ていた。どんよりとした空の下、雨が降っていた。それが時折雪に変わった。「4月の雪か。きっとずっと忘れないだろうな」とぼんやりと思った。テレビのニュースが品川駅近くでポイント故障が発生したと報じていた。

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コメント

関西弾丸ツアーで「美しいもの」に感動したのに、体調をを崩されて残念。
4月の雪は本当に珍しいですね。1969年の出来事を紹介して頂きながら、当時を思い出しました。受験に全部失敗して大阪から東京に移り、自信を喪失して入学試験のないしがない場末の予備校(予備校の先生が行った言葉です)に通い始めた時期でした。三島由紀夫が割腹自殺した年でもありますね。
あの頃も大地を揺るがすようなことが多々起こりましたが、41年後の現在もアイスランドの火山噴火という天災がヨーロッパの航空網を麻痺させています。予想できない事態の勃発のようで、このネガティブな経済効果には震撼とさせられているところです。

投稿: billabong | 2010年4月19日 (月) 01時18分

> アイスランドの火山噴火
このニュースはカナダでも大きく報じられています。北米ー欧州線がマヒしていますし、カナダも米国もポーランドの国葬に元首が行かれませんでした。この火山、異国で亡くなったポーランドの方々の無念でしょうか。

1964年はあまりに小さすぎて覚えてませんが、生まれて初めて庭に積もった雪を見たときかもしれません。いろんなことがあったのですね。それに「予備校」とういうのもすでにあったのですね。北米には未だにないようですが。

投稿: pompon | 2010年4月19日 (月) 10時24分

billabongさん

体調を崩したのは1969年の春です。紛らわしい書き方で失礼しました。
さっそく修正しておきました。それと三島の割腹事件は1970年でした。
1970年は大阪万博の年で、日本中が多少ともお祭り気分にわいて
いたところに、三島の衝撃的な死にかたで冷水を浴びせられたような
気がしたものです。
1960年代から70年代前半というのは、感覚的なことなのですが、
今とは空気が違っていたような気がします。

pomponさん

アイスランドの火山噴火は、距離からいえばそちらの方が日本よりも
はるかに近いのですが、降灰などの影響は少ないのでは? 火山灰
はやがて日本にも到達するような気がします。
そちらは欧州との関係が深いでしょうから、経済的影響はかなり受ける
でしょうね。
日本でもいろいろなところに影響が出始めているようです。特に、
原材料の輸入で深刻な問題が生じつつあるようです。

投稿: Jack | 2010年4月19日 (月) 19時23分

確かに体調を崩されたのは1969年なのか現在なのかちょっと迷いましたが、1969年の珍しい4月の降雪の日のことを覚えているのはちょっと稀・・・と思い、今体調を悪くなされているのだろうと勝手に思ってしまいました。失礼致しました。
そうでした!三島由起夫が割腹自殺したのは1970年でした。大阪に住んでいたのに、万博開催直後に関東方面に移動して、結局岡本太郎の彫刻も見られず終いだったのでした。ちょっと勘違い。
1960年代から1970年代前半は、今とは空気が違っていたような気がするとありました。大学紛争から始まって私達の高校の卒業式も、校歌あるいは国歌を歌う、歌わないなどと混乱した時期でしたね。
あれから日本は変わったのでしょうか。

投稿: billabong | 2010年4月20日 (火) 00時24分

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