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2010年4月13日 (火)

ランドセルの旅立ち

Photo次女が小学校の時に使っていたランドセルをクラレが主催する『ランドセルは海を越えて』キャンペーンに寄付した。

先日、そのランドセルがアフガニスタンに向けて送り出されたとのことである。

以前は使ったものを人にあげるのに多少のひっかかりがないではなかったが、10年ほど前神奈川生協が古着を回収して海外の恵まれない人たちに送っていることを知り、以来年に1度か2度、着なくなった衣類を提供するようになってから、そうした考えに変化が生れていた。

なので、娘が自分のランドセルを寄付すると言い出したときは即座に賛成した。

娘のランドセルを含め、今回集められたランドセルが現地に届くのは9月とのこと。中に詰められた文具と共に多くの子どもたちに笑顔で迎えられることだろう。

なお、宗教上の理由からブタの革を使ったランドセルはモンゴルに送られるとのことである。

【写真:送る直前の記念撮影。次女がランドセルを背負ったのは小学校卒業以来6年ぶりのことだった】

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コメント

「海を渡るランドセル」
イメージとしてもいいですね。

ウチは、長女がものをキレイに使ってくれるおかげで、次女が小学校に入るときには、「お姉ちゃんのランドセルで(が)いい」と言ったため、6 年 + 3 年の 9 年間愛用されました。さすがにその後買い換えましたが、二人とも愛着があるらしく処分できずにいました。ランドセルメーカーが、「使い終わったランドセルからミニチュアのランドセルを作ってくれる」サービスというのもやっているのですが、こちらのキャンペーンに、機会があれば送ってみようかな。

投稿: baldhatter | 2010年4月14日 (水) 01時23分

>ミニチュアのランドセル

我が家も最初はこれが話題になったのですが、いろいろと
話をしているうちに「もう一度使ってもらった方がいい」と
本人が決断しました。
ものは使ってこそ価値がある。どうやら、娘もその考え方を
持つようになってくれました。

投稿: Jack | 2010年4月14日 (水) 10時22分

> 送る直前の記念撮影

あれ!小学生の時の写真ではないのですか!?(てっきり(゚ー゚))

パリで、ランドセルをハンドバックかわりに背負っている女性をみかけたことがあります。赤いランドセルはお洒落でしたが、大人が持っているのに、なんとなく違和感を覚えました。
それにしても、きれいなランドセルですね。いかに丈夫で傷つきにくいかがわかります。他国でまた活躍するのでしょうね。

投稿: pompon | 2010年4月14日 (水) 13時19分

「使ったものを人にあげるのに多少引っ掛かりがなかったわけではなかった・・・」というお気持ち解るような気がします。でも先進国の範疇にある日本ですから、世界の大多数の人々にとっては贅沢なものをどんどんと捨てている国かもしれません。寄付されたランドセルを受け取った他国の子供、あるいは大人は目を見張るかもしれませんね。
Jackさんのお嬢さんがそんな気持ちになったということが一番大事な事ですよね。
ドイツ、オーストラリアの海外生活を経験していますが、その両国で、子供達は誰も革のランドセルのようなものを抱えているのを見たことがありません。
いずれも重たそうなバックパックと言うか、リュックサックを腰を若干前にかがめながら抱えています。
皮製のランドセルのいわれをこれからインターネットで調べたいと思います。

投稿: billabong | 2010年4月14日 (水) 23時37分

ランドセルは日本固有の「モノ入れ」なんですね。語源は「背嚢」を意味するオランダ語だとか。
一般に普及したのは大正天皇が小学生の時使用したことからのようです。朝日新聞で
ドラえもんがそう言ってました^^

>パリで、ランドセルをハンドバックかわりに背負っている女性をみかけたことがあります

そうなんですよ、日本じゃ小学生が使うものって固定観念があるから、大人は使いませんが、
あの形、けっこうシャレていると思うんですよね。

投稿: Jack | 2010年4月14日 (水) 23時48分

billabongさん

どうやらコメントの投稿が前後してしまったようで、これからお調べになるというのに、
答えの一部を書いてしまいました。失礼ご容赦。

蛇口をひねれば水が出る、スイッチを入れるだけで部屋の中があたたまり或いは
冷やされる、護身具の類いを持たずに夜外出できるなど、日本にいると自分たちが
どれほどめぐまれているかを見失いがちになります。

そんな中、モノへの執着を少しでも弱めることで、めぐまれた環境の中で脆弱に
なりがちな心を戒める---そんな思いもありました。

実は古着を寄付するときも、要らないものだけでなく、いつも1着は大事な衣類、
或いは新品の衣類を混ぜるようにしています。要らないものをめぐんであげる、という
のではなく、使えるものは大切にしたいという気持ちからです。

投稿: Jack | 2010年4月15日 (木) 00時04分

ある時、父が口にした言葉がずっと頭にあります。古本屋にある本を買うのは避けた方がいい。病気で亡くなった人が病院で読んだものかもしれない。病気が移るかもしれない。
二十歳前後だったすぐ上の姉を亡くしたことがある為か、大陸から引き上げた故郷が原爆の被害にあったせいか想像するだけですが、医学が今とは違った時代には、古本や古着などは衛生上の問題から避けたこともあったようです。
そういうことがあったので、最近、父がBookoffなどで抵抗なく古本を買う姿に驚きました。今、私の洋服ダンスにあるのは、8割が古着で、1年か2年か着なかったものはリサイクルに出すようにしています。靴も、数回履いてどうしても足になじまないと、リサイクルに出しますが、履き古したものはさすがに出せないです。

ランドセルってオランダ語だったんですか。長崎のオランダ商館からかな。シーボルトさんかな。

投稿: pompon | 2010年4月15日 (木) 10時56分

大正天皇が使ったのが最初ってドラちゃんが言ってたのですね。時代はご維新後ですね。ごめんなさい。ヾ(_ _*)ハンセイ・・・

投稿: pompon | 2010年4月15日 (木) 19時57分

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