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2010年7月31日 (土)

出生地点

手元に1通の除籍謄本がある。筆頭者が父で次に母の名があり、3番目が兄(長男)、最後が私(二男)である。父と母は既に亡くなっているため、また兄と私は結婚したことで新しい戸籍を作ったため、4人の名にはすべてバッテンが付いている。このように記載されている全員が既にその戸籍にいない場合は「戸籍」謄本ではなく、「除籍」謄本と呼ぶ。

私の名前の上には「昭和弐拾六年拾月弐拾日東京都中央区八丁堀二丁目七番地で出生」と書かれている。これが私の生年月日と出生地である。

数年前、叔母(父の妹)が亡くなった。記憶力抜群の人で、親戚が集まって昔話に花が咲くと、「○○ちゃんが生まれたのは慈恵会病院だった」とか、「エノモトのおばさんは今で言うグルメでね、そのせいか亡くなった時もお骨がしっかりしていてお坊さんがびっくりしていた」などなど、周囲が驚くほど昔のことをよく憶えていた。

その叔母が亡くなってからしばらくして気づいたのが、自分がこの世に生を受けた場所がどこかを尋ねられる人がいなくなってしまったということ。そこで自力で調べることにした。住所は分かっていた。問題は、それが現在のどこに該当するのかである。

日本の住所(住居表示)は昭和30年代後半から大幅に変更された。そのため昭和26年当時の住所では、現在それがどこに当たるのかは容易には特定できない。中央区役所に尋ねてみたが、やはり旧住所が現在のどこになるのかは即座には分からないとの回答。それでも諦めず何度か電話をかけている内に、区役所の担当者が「火保図」のことを教えてくれた。ただ、「旧八丁堀二丁目」の火保図がどこにあるのかまでは分からないと言う。

そこで中央区内の図書館に電話をしてみたところ、京橋図書館に保管されていることが分かった(なので、私は昨日紹介した都市製図社のコピーサービスは利用していない)。

Photoそれが左の地図である。図のほぼ中央が旧八丁堀二丁目七番地で、赤マルで囲ったところに我が家の苗字がある。そう、ここが私が産声を上げた地点である。現在の住居表示では中央区八丁堀二丁目27番地。

私は3歳の時に引っ越してしまったので、この家の記憶はない(ただし、引っ越した先の家のことはよく憶えていて、引越し当日のことも記憶にあり母に話して驚かれたことがあった)。その点、4つ年上だけあって兄はこの八丁堀の家のことを憶えていて、南側の道路に面した2軒の家の間を通る小路が我が家への出入口で、右側の家はテント屋だったそうである。

そして先日、この場所へ行ってみた。私が生まれた地点が今はどんな状態になっているか。それは明日ご紹介する。

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コメント

なるほどー!
Jack さん個人の経歴についての話としても、また戸籍制度の観点からも大変おもしろい記事でした。

私はその「昭和30年代後半」の生まれであり、そもそも父母も幸い近所に健在なので、戸籍上の出生地は今に至るまでその場所ということが自明。ミステリーのかけらもありません。残念ながら、私が文字通り "生まれた" 産科医院はなくなってしまいましたが。

> 私が生まれた地点が今はどんな状態になっているか。

しばらく前に、住所を指定すると現在そこがどんな風になっているか写真を送ってくれる、というネット上のサービスがあったように記憶しています。今では、Google ストリートビューのおかげで存在意義が大半はなくなっていると思いますが。

それにしても、Jack さんのお生まれ、大都会のど真ん中ですねー。

投稿: baldhatter | 2010年8月 1日 (日) 12時05分

>Google ストリートビュー

便利ですよね、ストリートビューは。ちょっと便利すぎるという感じさえします。
ただ今回は自分の足でその場に立ってみたかったので、まったく考えません
でした。

ほかの、昔住んでいた場所(これまでに9回引っ越しています)はストリートビュー
で何度か訪問したことがあります。

投稿: Jack | 2010年8月 2日 (月) 10時57分

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