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2010年8月 8日 (日)

所在不明のお年寄り続出

地方自治体の調査で、100歳以上のお年寄りで所在が分からないケースが続出している。日本全国で既に60人を越えている。

日本には世界でも珍しい「戸籍制度」がある。出生、結婚、死亡という、人の生涯における三大イベントのすべてを一元的に記録、管理することのできる(特に為政者にとっては)便利なシステムである。

各自治体が100歳を越えるお年寄りに祝いの金品を贈ったりできるのもこの戸籍があるからだ。ところが、この戸籍というのは結婚を除くと、出生も死亡もその届け出は自分以外の人に頼らざるを得ない。通常は、配偶者、親、兄弟、子どもなどの「家族」がそれを行うわけだが、世の中には家族に頼れない人もいる。

今回明らかになった60件を越す所在不明のケースでも、「何十年も前から音信不通」というパターンが多く見られる。もちろん、所在不明の人たちすべてが亡くなっているとは断定できないが、100歳を越えて一人で自立した生活を送れる人はそう多くはないはずだ。となると、存命であれば誰かが面倒を見ているはずだが、その可能性がもっとも高い「家族」が所在を知らないというのである。どこで、誰に面倒を見てもらっているのかという疑問に突き当たらざるを得ない。

1年間に日本全国で発見される身元不明の死者は3万人に上る。その大半が氏名不詳のまま火葬され、無縁仏として取り扱われることになる。つまりその人たちの場合、本人は亡くなっていても戸籍は生き続けることになる。(家族など)関係者がどこかで気づいて所定の手続きをしなければ、やがて100歳の誕生日を迎えるケースも少なくはないだろう。

日本の多くのシステムがそうなのだが、戸籍というのも、「誰もが届け出る」という「性善説」に立脚している。多くの人が届け出なくなったら、機能しなくなるという脆さを抱え込んだ制度である。またその「誰も」の「誰」とは多く、家族であり、その意味で旧来の「家族制度」を暗黙の前提にしているとも言える。

今回のお年寄りの所在不明問題は、「性善説」と「家族制度」に基づいた戸籍制度の欠陥が生み出した問題という一面もあると言えるのではないだろうか。

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コメント

ウチの町内でも 1 件そういうケースがあったと聞いてびっくりしました。

今いるところは、町内会みたいなコミュニティがけっこうしっかりしているので、あまり所在不明ということはないのかと思ってましたが。

投稿: baldhatter | 2010年8月 9日 (月) 18時22分

>町内会みたいなコミュニティがけっこうしっかりしている

私が住んでいる所もやはり町内会組織があり、ちょっと鬱陶しいくらいに
いろいろなことをやってます。今度の土日は確か盆踊り大会です。
で、思い出したのですが数年前に、「80歳以上の住民調査」といった内容の
回覧板が回ってきました。「住所、氏名、生年月日」を書き込むように
なっていたと思います。それで何軒か先のご夫婦が共に80歳以上である
ことを知りました。
でもあれ以来、そんな調査は行われていません。個人情報保護の点から
中止になったのでしょうか。それと警察官の「戸別訪問」も最近は行われて
いませんね。

投稿: Jack | 2010年8月10日 (火) 11時32分

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