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2010年8月 7日 (土)

いびせえ

広島市の平和祈念式典で秋葉忠利広島市長は、

「こがあな いびせえこたあ、ほかの誰にも あっちゃあいけん」と決意を新たにする8月6日を迎えました。

と、平和宣言を読み上げた。

「いびせえ」とは広島地方の言葉で「おそろしい、怖い」といった意味である。私にとっては実に懐かしい言葉でもある。

亡くなった義母は広島の出身で、よく広島弁を使う人だった。当然娘である妻も、本人は東京生まれながら、母親からの口うつしで広島の言葉を使った。そのひとつがこの「いびせえ」だった。

たとえば、私の長女が小学生だった時、妻は敢えてぺティナイフでキュウリなど扱いやすい野菜を切らせたりしていたのだが、それを見た義母は「おお、いびせい、いびせい」と言って、目を覆ってしまったことがある。

それがネイティブスピーカーの「いびせえ」を直接聞いた最初だったろうか。なるほど、妻のとは少し響きが違う。「せ」の音にほんのわずかだが「sh」という音が混じっているような感じがした。

もう一つ、妻がよく使ったのが「はぶてる」。「ふてくされる」といった程の意味らしい。長女だったと思うが、学校で「はぶてる」を使ったところまったく通じなくて驚いたという話を聞かせてくれたことがあった。娘にしてみれば、家で使っている言葉は、よそでも当然使えるはずだと毫も疑わなかったのだろう。それが友人たちにきょとんとされ、その反応に本人もきょとんとするしかなかった。この「はぶてる」については、ネイティブスピーカーたる義母の発音を聞いた記憶がない。

その義母は被爆者だった。詳しいことは聞かなかったが、広島市のはずれだかに住んでいたらしい。また義父は「入市被爆者」だった。原爆投下から数週間後、義父は家族を探して広島市内に入ったという。その時どのような光景が目に映ったか、義父は多くを語ることがなかった。義母はおしゃべりが好きな人だったが、やはり原爆のことはほとんど口にしなかった。語るにあまりに重い体験があるとしたら、広島で目にしたことがまさにそうした体験だったのではないかと、今となっては推測するしかない。

来年、次女が20歳になったら、子どもたち3人に、自分たちの祖父母が被爆者であったことを伝えようと思っている。

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