« Stay Gold | トップページ | ヒロシマ 〔楽譜〕 »

2010年8月 5日 (木)

戦争礼讃の空間

Photo_3靖國神社というのは一見したところでは、他の神社と特に異なる点は感じられない。大鳥居や参道に観光バスが多数止まっている点も、大きな神社であればさして不思議なことではない。

ところが参道を進んで行くと、他の神社では決して見ることのない光景に出くわすことがある。旧日本軍の軍服を着た人である。日本中を探し回ってもここ以外で目にすることはないだろう。

さらにもう一つ、他の神社と決定的に違うのが、拝殿・本殿の北にある建物 ― 遊就館である。

遊就館は、靖國神社に鎮まります英霊のご遺書やご遺品をはじめ、英霊のまごころやご事蹟を今に伝える貴重な史・資料を展示しています。[遊就館 拝観のしおりより]

本人や遺族の意向は一切考慮することなく、或いは遺族の反対があっても、軍人や軍属を中心に祭神として合祀するという、旧官幣社であるが故の押しつけがましさもさることながら、この遊就館にはある種の不気味さがある。

Photo入場券をご覧いただこう。描かれているのは旧帝国海軍の主力戦闘機ゼロ戦、つまり兵器である。遊就館に入ると広いホールがあってそこにこのゼロ戦が展示されている。ほかにも大砲や機関銃、軍刀など、2フロアにわたって設けられた展示室を飾るのは多くが兵器、武器、軍装品などである。

中でも、1階中央の大展示室に置かれた「人間魚雷 回天」は、人ひとりがようやく乗れる狭い空間とそれに倍する爆薬室など(参照)、よくぞこんなおぞましい兵器を考えついたものだと、その前に立った時、身がすくんだ。

もちろん戦死した若者たちの遺品も展示されている。「須賀海軍少尉の遺書と鏡箱」という品は、母親から贈られた鏡の入っていた箱であり、その蓋裏にしまわれていたメモには、「中の鏡は私と共に沖縄に持って行かせて頂きます」とあり、須賀少尉はその鏡を持って神風特攻隊として沖縄に出撃したそうである。親として、これ以上悲しい遺書はないだろう。

そうした展示品を見て回りながら、私が感じた不気味さは何だったのだろうと考えた。それはこの神社全体が戦争礼讃・戦没者顕彰に傾いているように見えたからだ。そのことは遊就館の売店を見ても感じとれた。おびただしい数の戦争関連書籍、旧日本軍の軍帽や疑似軍刀などの戦争グッズなど、反戦・鎮魂とは遠く隔たった光景だ。

それは広島の平和記念公園や平和記念資料館の徹底した反戦・鎮魂の姿勢とはまったく反対の位置にある。あそこでは、自然と死者の魂を弔おうという気持ちになれるが、残念ながら靖國神社ではそういう気持ちは起こらない。

唯一の例外と言えるのが遊就館1階の隅にある「靖國の神々」と題された4つの展示室で、現在靖國神社に合祀されている人たちの顔写真が壁を覆い尽くしている。顔写真の下にはその人の氏名が書かれているが、最後に必ず「命」の文字が付されている。それを「みこと」と読む。「山之内辰四郎命」は「やまのうちたつしろうのみこと」で、彼らは皆、神とされているのである。

その「神々」の顔を一人ひとり見てゆくと、彼らの多くが非常に若かったことが分かる。大半が20代だろう。中には10代と思える幼い顔もある。そんな若さで命を奪われる無念を思った時、涙が止まらなかった。もし靖國神社に行くことがあったら、他の場所は行かずともあの写真で埋め尽くされた4つの部屋は訪れるべきだ。否、あそこだけで十分だ。

|

« Stay Gold | トップページ | ヒロシマ 〔楽譜〕 »

その他」カテゴリの記事

コメント

先の大戦を美化、礼賛、正当化したい層の人たちが、戦後から今に至るまで根強く残っていますね。

愛媛県の宇和島にある紫電改展示館に行ったことがあります。周辺の観光地とともによく整備された展示館でしたが、人影はごくまばらでした。昭和 53 年に当地の海から引き上げられた紫電改そのものは、黙して語らずとでも言うようにただそこにあるだけでしたが、同館の展示資料には、戦争で散った命を惜しみながらも、どこかあの戦争を必死で肯定したい姿勢が感じられました。当時を生きた、あるいは闘った人たちにしてみれば、そう思わなければやりきれないという思いがあるのかもしれません。市井のレベルではそれでもかまわないと、私は思いました。

が、靖国ほどの公的施設となれば話はまったく別。首相や閣僚の参拝が毎年のように問題になっていながら、この神社のこういう性質はほとんど話題になっていない気がします。

政治家の靖国参拝問題については、私、以前から腹案があります。日本の神社には「分祀」という便利な制度があるんですから、首相官邸に靖国神社を分祀すればいい。で、首相や閣僚が「私的に参拝」したいのであれば、その分社に参拝すればいいんです。

投稿: baldhatter | 2010年8月 6日 (金) 00時18分

靖國神社の問題はA級戦犯合祀などを含めなかなか根が深く、おそらく現在の自民、民主が政権或いは政権周辺にある限りは今後も繰り返されるでしょう。
この問題で私が気になるのは2つ。ひとつは驚くほど多くの人が「靖國神社」がどんなものかを知らないという点。これは個人の意識の問題でもあるので、簡単には解決しないでしょう。ただ自分の子どもたちには、一度は行くこと、また「靖国問題」(高橋哲哉著)を読むことを奨めています。
もうひとつが、信条・信仰・国籍を問わず誰もが行ける追悼の場がない点です。これは長年の懸案であり、とりあえずは千鳥ヶ淵戦没者墓苑の拡充を急いでほしいところです。

投稿: Jack | 2010年8月 6日 (金) 16時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/220529/49070221

この記事へのトラックバック一覧です: 戦争礼讃の空間:

« Stay Gold | トップページ | ヒロシマ 〔楽譜〕 »