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2010年9月27日 (月)

平穏の終焉

私は中国ウォッチャーでもないし、特段に政治問題に関心があるわけでもないが、今回の日中間のもめ事はどうにも気になる。それは日本の平穏の終焉、凋落の端緒となりかねないと思うからだ。

1990年代初めのバブル経済崩壊から既に20年にわたって日本経済は低迷を続けている。人口の3分の1近くは、「景気のよい日本なんて知らない」世代が占めるようになっている。そこへ今回の事件で、日本は国際社会におけるポジションも大きく損ねることになるのではないかと危惧している。

先日、菅総理大臣は国連総会で演説し、安保理常任理事国入りの意志を表明したが、日本国内ではまったく無視された。それも当然だろう。中国との二国間外交においてさえ、世界の常識からは考えられない愚挙を犯した、そんな外交オンチの国が国連の常任理事国入りなど果たせるわけがないと日本人自身が思ったからだろう。

今後菅政権がどれくらいの期間続き、その後を誰が、どの政党が継ぐのかは分からないが、いずれにせよこれから政権を担う者は常に「中国」という刃を喉元に突き付けられた状況を強いられることになる。

また今の勢いで中国が軍備を拡張して行けば、早ければ数年で、遅くとも10年後には東シナ海に中国の航空母艦が配備されるだろう。むろん、その前に中国にとっては南シナ海があり、中国海軍航空母艦1号艦はそちらに派遣されるはずだが、西太平洋におけるアメリカ軍の優位はさらに相対的に縮小する。

そうなったとき、自前の「海軍」を持たない日本がはたして尖閣諸島を(さらには与那国島やその周辺の無人島群を)「力」で守ることができるかといえば甚だ心許ない。ではそれまでに「友好的対話」によって尖閣問題を解決することができるかといえば、その可能性は限りなくゼロに近い。

というよりも、今回中国がこれほど強硬な態度をとっている背景には、上記のような軍備拡充のための時間稼ぎの意味もあるような気がする。おそらく、最新の海軍兵力は西沙・南沙諸島への派遣が最優先されるだろう。その次が尖閣になると思われる。それまでの時間つなぎとして「恫喝外交」を採用したというところではないだろうか。

この見方が当たっているかどうかは問題ではない。ただここで指摘したいことは、長い間にわたり中国外交の通底音となっていた「冷静観察、沈着応付、韜光養晦、有所作為」という鄧小平の「十六字方針」の呪縛から胡錦濤政権が抜け出し、少なくとも「韜光養晦」(「能力を隠し、時機を待ち、リーダーシップは取るべきではない」といった意)についてはかなぐり捨てたということだ。

1945年8月のポツダム宣言受諾以降、戦火とは無縁の安穏を享受してきた日本だが、指導者たちの無為無策無能のせいで、国土を守るための戦いが起こり得るという可能性も頭の片隅に置いておかねばならない事態に追い込まれたといえる。

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