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2010年12月10日 (金)

ある女性の人生の時間

人類史上きわめて重要な意味を持つ瞬間を『人類の星の時間』と呼んだのはシュテファン・ツヴァイクだった。この本、随分と昔に読んだのだが大変面白かったと記憶している。

実は今日の話はツヴァイクの著作のことではなく、そのタイトルをもじって、「ある女性の人生の時間」とでも言えるような瞬間に出くわしたお話である。

場所は都内の地下鉄駅。電車を待っている時、前に若い女性が立っていた。後ろ姿から判断するに、年は20代、黒いコートにタイトな黒のミニスカート、豊かな栗色の髪から私は勝手に美人と判断した。

ほどなく電車がやって来た。停車しドアが開く。と、その時私の右側、女性にとっては右斜め後ろから男の腕が伸びてきて、女性の肩を軽く2、3度たたいた。女性が振り向く。男の手はハガキの半分ぐらいにたたんだ紙を持っていた。女性がその紙と男の顔を交互に見る。男の手が受け取ることを催促するように動いた。

女性が紙を受け取った。男は何も言わず立ち去った。その間、わずか5、6秒。

女性は乗客の流れと共に電車に乗る。車内は混んでいて、女性はそのまま反対側のドアのところまで行く。次の駅で降りる予定だった私も女性の後から、次駅で開くはずのその反対側のドアのところまで進んで行った。

電車が動き出す。女性が先ほど手渡された紙を開いた。薄いクリーム色のメモ用紙のようで、そこにはしっかりとした筆跡で、「突然で失礼いたします。●●と申します。実は……」と数行の文字が書かれていた。

それを女性は長い手紙でも読むように暫く見つめていたが、やがてきれいにたたみ直すとバッグにしまった。

私からは全文は見えなかったし、電話番号なりメールアドレスが書かれていたかどうかも、はたしてその女性と男性が知り合いなのかどうかも分からない。ただ、紙を破り捨てたり、くちゃくちゃに丸めたりせずバッグにしまった丁寧なしぐさから、彼女が決してその手紙を不快には感じていないことは察せられた。

無論、次の駅で降りた私に、その後彼女と男性がどうなったのかは知る由もない。ただ、あの小さな紙切れが新手のスカウトなどでなく、あれをきっかけに幸せなストーリーが始まってくれたらいいなと願うだけである。

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