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2011年6月12日 (日)

不思議なのか不思議でないのか―街中での遭遇

まったくの赤の他人に、違う場所で、何度か遭ったという経験はないだろうか。

実は昨年11月と今年の1月、5月に、同じ人に上野、立川、新宿で遭遇したことがあった。

なぜそんなにはっきりと覚えているかというと、その人が非常に分かりやすい容貌の人だったからである。濃いめのサングラスをかけていて、ホセ・フェリシアーノをさらに中高にしたような顔立ちでなかなかのハンサム。顎が隠れるほど高く巻いたマフラーも印象的だった。

最初に遭ったのは上野のとある飲食店。隣の席で日本人を含む仲間7~8人と楽しげに話をしていた。特に注意していたわけではなかったので、その時は「日本人かな? だとしたらきれいな鼻筋だな」と思った程度だった。

次が立川―その時に彼の素姓が判明した。駅前の路上で南米の民族音楽を演奏していたのだ。トリオの一員である彼の担当はボーカルと「サンポーニャ」と呼ばれる日本の「笙」のような形をした笛だった。その時も黒いサングラスをかけ、首には上野の時と同じマフラーをまいていた。

しばらく演奏を聴いた。多少とも私に巧拙が分かるのはギターだけなのだが、「あんだけ上手くても、こうして遠い国まで出稼ぎにきてるんだから、どこでも音楽ではなかなか食っていけないんだろうな」と、いわゆる「プロの壁」を痛感して帰ってきた。

3度目は新宿駅だった。南口辺りを歩いている時に彼とすれ違った。相変わらずのサングラスで、さすがにマフラーはまいていなかったが即座に彼だと分かった。「いや、こんな偶然があるもんなんだ」といたく感心したのだったが、その後よーく考えてみると、この種の「不思議」、実は結構頻繁に起こっているのかもしれない。ただ、相手が彼のように目立つ容貌であれば、それと認識できるが、通常はその他大勢に埋没してしまって見分けなどつかないのだろう。

翻って我が身のことを考えると、この頃は少なくなったが、以前はどうにか顔ぐらいは知っているといった距離の人に、「こないだ、XXでお見かけしましたよ」とか「よく、XXにいらっしゃいますね」などと声をかけられて驚いたことがあった。また知り合いとすれ違ったものの、タイミングを逸して声をかけられなかったという経験は相当数に上る。

そう、人は意外と同じ人に遭遇しているのかもしれない。日常の生活圏であれば、その確率はかなり高くなるだろう。ただ、相手がとびきりの美人やハンサム、女装をしたおじさん、親戚の誰それに似ている人、ロリ系ファッションのおばあちゃん、2月のタンクトップといった、際立つシグナルを発信しているのでない限りは識別できない/しないだけなのだ。

とはいえ、上野/立川/新宿は私の生活圏とは言えず、おそらくは日本に滞在する期間に限りがあるであろう彼の立場を考慮すると、この3度の遭遇はやっぱり不思議なのだろうと思う。

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