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2011年8月 3日 (水)

しのびよる機械翻訳

翻訳に携わる者として、この話題を無視することはできない。

今年(2011年)6月に出版された『アインシュタイン その生涯と宇宙』(武田ランダムハウスジャパン刊)の下巻の一部に日本語の体を成していない文が使われていることが判明した(参照)。

アマゾンの書評には、訳者の1人がなぜこのような事態に至ったかについて、当事者としての見解を述べている(参照)。それによると、問題の個所は当初予定していた翻訳者に断られ、「科学系某翻訳グループ」に依頼したところ機械翻訳が用いられ、そこから上がってきた(機械翻訳による)文に編集者が多少の手直しを加えただけで出版したということのようだ。

Gigazineでは「下巻の内容になんと機械翻訳された部分が含まれており、回収騒ぎになってしまったようです」と、少々短絡的説明が為されているが(記事の後半では詳しく説明している)、「機械翻訳」だからというわけでなく、使われている文章が「日本語ではない」から問題なのである。

では担当編集者はなぜこんなひどい文章を出版してしまったのか―忖度するに、相当のプレッシャーがかかっていたのだろう。上記のアマゾンの書評にも「出版期限の再延期を社長に申し入れたが、断られた」と書かれている。既に一度は延期したことがあったということで、それでもなお、まともな訳文が完成していない。だが2度目の延期はできない。これはまったくの想像だが、上からのプレッシャーは相当にきつかったのではないだろうか。

人は追い込まれると尋常ではない思考・行動に走ることがある。目の前にある障害、或いは受けている重圧を排除することだけが目的となり、その先にどんな事態が待ち受けているかなどということは考えられなくなる。この編集者もそうした心理状態に追い込まれてしまったのではないだろうか。冷静に考えれば、誰もが不適切と結論付けるような、文にすらなっていないとも言える文字の羅列を印刷し、製本し、書店にならべてしまったのは、まともな思考を停止した結果だったのだろう。

また翻訳する立場としては、機械翻訳が出版界にも取り込まれるほどに身近になってきていることに驚いた。無論、今回の結果を見れば明らかなように、機械翻訳の質はまだまだ実用レベルには程遠いが、それでも現実にこうして出版物に機械翻訳が使われたということは少々ショックだった。

また、この編集者が機械翻訳された文章を(たとえその後、手を加えていたにしても)使用したということは、或いはこれが初めてではなかったのではないかと勘繰ることもできる。以前にも使ったことがあったが、結局その時は問題にならなかった。だから今回のようにひどい出来の文であっても、前回の記憶があって(また、上からのプレッシャーも作用して)、冷静・客観的に訳文を吟味することができず、ついにはほとんど手直しをすることなく(歯止めをかけることができず)出版してしまった。

今回が初めてだったのか、それとも5度目だったのか。言い換えるなら、これが特異な事象なのか、それとも氷山の一角なのかということだ。いずれにせよ、(質的にはまだまだ問題の多い)機械翻訳の簡便さが文章のプロたる編集者にまで影響を与えつつあるということが明らかになったことで、機械翻訳が真の意味で実用化されればお払い箱になる立場にある者としては大いに気になる一件であり、またそれほど遠くない将来に類似の事件が起こるような予感がする。

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