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2011年8月 4日 (木)

サッカーの松田選手死去

サッカーの松田直樹選手(JFL松本山雅FC所属)が死亡した。死因は急性心筋梗塞だった。私の母が同じ病気を患ったことがあり、発作に襲われた時の話を聞いていたので、松田選手が、「やばい、やばいよ」と口にした時に感じていた痛みがどれほどすさまじいものだったのか多少想像でき、それが死の惨さを増幅する。

松田選手は横浜F・マリノスに16年間在籍し、多くの人が生涯マリノスでプレーすることになるだろうと考えていたが、昨シーズン後にチームから戦力外通告を受けた。当時、かなり大きな反響を呼び、マリノスにはファンからの抗議が殺到した。年俸1億円ともいわれたカタールのチームからのオファーなどを蹴って今シーズンからは、J1より2カテゴリー下のJFLに所属する松本山雅FCに移籍し、J2昇格を目指しチームの中心となって活躍していた。

良きにつけ悪しきにつけとにかく「熱い」プレーヤーだった。

試合中、相手選手との小競り合いは当たり前のようにやっていたし、手を抜いたプレーをすれば味方であろうと容赦なく怒鳴りつけた。とはいえ、プレーの質は高かった。Jリーグの試合ではDFという地味なポジションにありながら、明らかに存在感が際立っていたし、得点も(DFの割には)多かった。

あれはいつだったろう。細かい状況は忘れてしまったが、リーグ戦の終盤だったろうか。相手チームが得失点差での順位を気にしてか、負けている試合なのに攻めて行こうとしないことがあった。その時松田選手は相手チームの選手たちに「攻めてこいよ」と身振り手振りで攻撃を促し、それでも相手が攻めて行かないと泣き出しそうな顔になった。本当にサッカーが好きな選手だった。

トルシエ監督の下で日韓W杯にフル出場し、チームの16強進出に貢献。ジーコが監督を務めた日本代表でも引き続き呼ばれ活躍していたら、ヨーロッパからもオファーがあったのではないだろうか。「熱い」選手があまり好みではないジーコと反りが合わなかったことが災いしたのは残念である。

行年34歳、ご冥福をお祈りする。

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